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夢と真実 9

弘樹が叫びたかった、想い。 でもそれは、過去の弘樹が抱えていた気持ちで。実際に、弘樹が叫んでいる姿を目撃したことのあるオレは、西野君の背中から手を離してこう言った。 「弘樹は、弘樹は西野君の名前を叫んでたよ。叫びたいんじゃなくて、叫んでた。オレと雪夜さんの前で、それはそれは堂々とね」 弘樹が西野君に告白する前、雪夜さんと弘樹が1on1をした日。懐かしく感じる過去の記憶から、弘樹の声が蘇ってくるみたいに。 「あの時、オレへの想いだったものが、西野君への想いに変わった瞬間だったんだと思う。弘樹は、今でもちゃんと西野君のことが好きだよ」 気持ちも、感情も。 移り変わってしまうこともあるけれど、変わらないものもある。 弘樹が西野君のことを好きだと自覚した時、弘樹は空に向かって真っ直ぐな気持ちを叫んでいた。あの時の弘樹の想いは、変わらないまま今に繋がっている。 愛に重さがないように思えた弘樹だったけれど、弘樹は弘樹なりに西野君のことを愛しているんだと思う。オレがそう思うことができるのは、弘樹のために時間を割いてくれた雪夜さんのおかげで。 「1週間くらい前にね、弘樹が家に来たんだ。西野君とのことを素直に話してくれて、オレは弘樹と言い合って……弘樹はまだ、先のことを考える頭がないみたいだけど。でも、弘樹は西野君を守るためにまた参上すると思う」 隣から聴こえていた歌が終わり、またすぐに違う歌のイントロが流れ始めていく。けれど、オレと西野君は少しだけ軽くなった空気が漂う室内でクスっと笑い合って。 「青月くん、ありがとう……僕、弘樹くんがバカなことは知ってるから。弘樹くんが先なんて見てないこと、分かってるんだ……たぶん、僕は弘樹くんのそういうところも好きなんだよ」 西野君はそう言って、今日始めて可愛らしい笑顔を見せてくれたんだ。 でも。 「……けどね、いつまでも弘樹くんのことを甘やかしていてもお互いにダメになっていく一方だと思う。ここに来て、分かったんだ……僕は僕で、弘樹くんの言葉に縋り過ぎていたのかもしれないって」 涙の後の笑顔と、決意のような話し方。 それは、西野君が新たな覚悟を持ったような感覚をオレに植え付ける。 「弘樹くんのことは信じられない。でも、やっぱり弘樹くんのことを嫌いにはなれない。だからね、僕は、もしもそのうち別れなきゃならないことがあってもいいようにしようと思う」 「西野、君」 聞きたくない言葉がオレの耳に入って、受け入れきれないまま新たな言葉が重なっていく。 「青月くん、僕は弘樹くんのことが好きだよ。けど、この先の僕たちがどうなるかは分からないから……僕、もっと強くなるよ」 我慢と強がりで笑顔を見せる西野君は、オレに心配をかけないようにしてくれているんだと思うけれど。 オレは、オレは……今の西野君と似たような決意をして、愛する人を手放す覚悟を持っていた人を知ってるんだ。

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