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愛と勇気 1

星side 暑い夏の日から、弘樹と西野君が距離を置いたあの日から、半年近く。季節は変わり、夏から秋、そして冬へと時が進んで。 毎日忙しそうな雪夜さんと平凡まっしぐらなオレは、季節が巡ってもそれなりに穏やかな日々を過ごしている。けれど、それはオレだけが感じている安心感なのかもしれないと……オレは最近、妙な危機感を覚えているのにそれに気付かぬフリをしているんだ。 「雪夜さーん、起きてくださーい」 真夏だった8月から真冬の2月になったのはいいのだけれど、寒がりの雪夜さんを毎日ベッドから引き摺り出すのは地味に根気がいる作業。 オレが先に起き、リビングの暖房をつけて部屋を暖めておいても。冬になると毎朝目が虚ろな雪夜さんは、温もりたっぷりのベッドから抜け出そうとしなくて。 「……まだ起きたくねぇー、さみぃーもん」 大きな身体を小さく丸め、ベッドの上の布団を全て巻き付けたミノムシがオレに向かってそう言うから。 「リビングは寝室より温かいです。それに、今起きないとせっかくのホットコーヒーが冷めちゃいますよ?」 自分が目覚めた時には温かな朝食が用意してあって、愛しの恋人に声をかけてもらえる幸せを雪夜さんから教わったオレは、雪夜さんがどれだけ気怠そうにしていても文句を言わずに促すことを心掛けるんだ。 早く起きなさい、と。 声を張り上げ朝から急かすより、寝起きが悪いわけじゃない雪夜さんには身体を温める飲み物を勧めると思いの外すんなり動き出してくれるってオレは最近分かってきた。 今日はモーニングコーヒーだけれど、朝食の献立にコーンスープやポタージュがある日も雪夜さんはベッドから抜け出してくれるから。 「んー、星くんがコーヒー淹れてくれたなら起きるか……起きるけどよ、その前にやることあんだろ?」 ボーッとしていた雪夜さんの表情が次第に柔らかくなったのも束の間、ニヤリと頬を緩めた雪夜さんはベッドサイドにいるオレに手を伸ばしてスっとオレの唇を親指でなぞっていく。 「……えっと、あのっ」 オレが好きな甘い甘いカフェオレのように、目覚めのキスを要求してくる雪夜さんの仕草に。オレの心は毎度のことだと分かっていても、面白いくらいに飛び跳ねてしまうんだ。 「星、ほら」 でも、オレのそんな都合はお構いなしで。 雪夜さんはオレの名を呼ぶとそっと瞼を閉じて、オレが雪夜さんに口付けるその時を待っている。 部屋の中にトーストしたパンの匂いが香る今朝、長い睫毛と形の良い唇に見惚れ、オレはドキドキしながらも雪夜さんにキスをして。 きっと、いつだって雪夜さんといることでオレの中の幸せは増えていくんだと。毎日が来る度に、雪夜さんと2人の時間が積み重なっていく度に。 雪夜さんを愛おしく感じる気持ちは冷めることなく、むしろ増していく一方なんだろうって。目を開けた雪夜さんの瞳に映るオレの表情は、そんな小さな幸せを彩っているように思えた。

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