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愛と勇気 5
マーマレードのような、甘酸っぱくてほろ苦い恋人。
恋愛に答えなんてなくて、でもその中に幸せは確かにあって。雪夜さんとどのような生活を送れば、オレは幸せだって思えるんだろうと。
オレは仕事中なのにも関わらず、今日の朝の出来事を思い返しながらぼんやりと働いてる。
最初のうちはぎこちなかった笑顔も、ランさんから控えめ過ぎると指摘された挨拶も。月日が経てばそれなりに接客の基礎が身につき、そして……張り付いた笑顔の剥がし方を、人はいつしか忘れてしまう。
雪夜さんのような爽やか営業スマイルなんて、レベルが高い笑顔は出来ないけれど。ランさんみたいに、全てを受け入れてくれそうな暖かな笑顔ではないけれど。
お客様を歓迎するための笑顔は、心ここに在らずな時でも勝手に出てくる職業病みたいなものになっていたのに。
「いらっしゃいま……え、あれ、うそ」
ランチ時間が終了する5分前、気を緩ませながらホールに立っていたオレは、駆け足でお店に飛び込んできたお客様の顔を見て笑うことが出来なかった。
「ハァ、はぁ……えっと、ちょっとごめんね」
膝に手をつき息を切らしているお客様は、可愛いらしい服装の女の子。そう、一瞬見ただけなら彼は彼女で、でも彼は西野君だから。
「西野、君……あの、大丈夫?」
すっかり女の子の服装が板についている西野君は、オレの声に反応して頭をこくこくと動かしてくれる。
「こんにちは、青月くん。ごめんね、連絡なしにお店まで来ちゃって……僕、どうしても青月くんに相談したいことがあって」
まだ完全には整っていない呼吸で、風に靡いていたはずの髪を直しながらそれでもオレに向かいそう言った西野君がオレは素直に可愛いと思った。
「オレは大丈夫だから気にしないで。そろそろオレも休憩入るから、ランさんにお店で話しててもいいか聞いてっ……」
「私に聞かなくても大丈夫よ、遅めのランチでもしながらゆっくりお喋りしてちょうだい?」
西野君を席に案内する前に、まずはランさんに確認を取らなくちゃって思ったオレの声を遮ったのはランさんだった。
カウンターの奥からひょっこり顔を出したランさんは、何故か1人で楽しそうに笑っている。
「見た目がすっかり女の子になっているけれど、貴方は噂のお友達でしょう?マジカルプリンセスって感じね、愛と勇気と希望の名の元に……変身しても、乙女は強い者なんだから」
真夏の8月に来店した時はまだ男の子の格好だった西野君が、今は女の子の姿で現れているのに。そこにはふれることなく西野君に笑いかけるランさんは、やっぱり気遣いができる大人だと思ったんだけれど。
オレも西野君も、ランさんの言っている意味がちっとも分からなくて戸惑いを隠せなかった。
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