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愛と勇気 8

胸の奥底にずっと抱えていた素直な気持ちを、自分の言葉で自分の声で言えるようになるまで。西野君は本当に沢山のことに気がついて、そして1つの答えを見つけた。 裏切られてしまうんじゃないかという恐怖心、もしものことを考えると臆病になってしまう心。現実からいくら目を背けても、好きな人が傍にいない日々は変わることがない。 それは、とても苦しくて、辛いけれど。 誰かを想う人は、恋をしている人は、ある時ふと気付くんだ……好きな気持ちに嘘をついている自分に、自分の気持ちを押し殺して必死になっていることに。 素直になるのは難しくて、すっごく勇気がいる。 西野君が今こうして弘樹への想いを自分自身で認めてあげたことは、小さな希望を見据えている大きな勇気があるからだ。 涙で顔がぐしゃぐしゃになっても、途切れ途切れでも。西野君が勇気を出して言った言葉に、どれだけの想いが募っているのかオレは知っているから。 高校生の時、西野君と雪夜さんがオレに隠し事をしているんじゃないかと思い、オレが雪夜さんを拒絶してしまった時。オレの傍にいてくれた兄ちゃんの声が、頭の中で再生されて。 「……西野君、やっと言えたね」 西野君が本当に気持ちを伝えたい相手は、オレじゃないって分かっているけれど。あの時、兄ちゃんがオレにくれたひと言は、今の西野君に必ず届くって。 そう思ったオレは、泣いている西野君の背中を擦りながら声をかけたんだ。 オレは、兄ちゃんのように頼もしい存在じゃない。西野君の力になれるほど、大人な思考を持ち合わせているわけでもない。 でも、誰かがいるから声を出して話が出来る。 聞いてくれる人がいるから、勇気を出して話そうと思える。過去のオレがそうだったように、西野君が素直になれたことがオレはとても嬉しくて。 「あら、この短時間で何が起こったのかしら……可愛い2人が泣いてると、悪い男に拐われちゃうわよ?」 思わずもらい泣きしてしまったオレと、泣いている西野君を見てランさんは困った顔をしつつもそう言って笑ってくれた。 ランさんがこの場にいるのだから、悪い人に捕まることはないけれど。いつまでもランさんに気を遣わせるわけにもいかないから、オレは頬に流れた涙を拭いてランさんの方を向く。 「すみません、泣くつもりはなかったんですけど……悲しくて泣いてたわけじゃないので、とりあえず大丈夫です」 「あの、僕もごめんなさい。いきなりお店に来たかと思えば、突然泣き出したりしちゃって」 西野君と2人、オレはランさんにペコペコと頭を下げつつも、ほんわかと胸に広がる安心感に頬を緩ませた。 「何があったかは分からないけど、そんなに気を遣わなくていいのよ。涙が出ることは悪いことじゃないわ、素直に泣けることは心が潤っている証拠なんだから」

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