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カクシゴト 1

雪夜side ……平然を繕うのは、苦痛だ。 真夏の日々から雪がチラつく冬の日々へと時は過ぎ、俺と星の暮らしは平凡を極めているけれど。 弘樹の浮気騒動の裏に紛れて、俺に降り掛かっている問題は解決するどころか悪化していく一方だ。 星との生活が安定するよう、俺は努力を惜しまないつもりでいる……だが、それもそろそろ限界かもしれないと思い始めて何ヶ月経つのだろう。 思えば、あの夏の日から俺の気持ちは少しずつすり減ってしまっていたのかもしれない。 「イッシー、お疲れ」 「お疲れ様です、戸田先輩」 いつも通りを装い、普段通りの業務を終えて。 帰りがけに声を掛けてきた戸田先輩は、俺の肩に手を置き溜め息を吐く。 「……白石、無理に話せとは言わねぇけどさ、俺はお前にとってそんなに頼りない先輩か?」 「いえ、そんなことないッスよ」 確かに戸田先輩はプライベートの素行が悪いけれど、仕事の上では頼もしい存在だから。意味も分からず投げかけられた言葉を否定した俺は、ここでも平然を繕うことを意識したんだが。 「だったら、いい加減吐け。年明けのトレーニングから白石の様子がおかしいことくらい、俺も竜崎コーチも気づいてんだよ。お前、あのトレーニングの後、飛雅の母親から一体何を言われた?」 「それはッ……」 「お前が飛雅の担当になって、俺以上に努力してたことは知ってる。飛雅もお前に懐いてきて、漸くアイツもサッカーを楽しめるようになってきたってのに……お前、最近飛雅のこと避けてんだろ」 口篭る俺に、問いただす戸田先輩の声は冷静過ぎて心が痛い。 ……そう、俺の問題は星に話そうと決めていた高久親子の件。弘樹と西野の騒動の裏で、星に告げることの出来なかった俺の悩み事が今、俺と星の生活を壊そうと悪魔の微笑みを浮かべている。 「すみません、戸田先輩……正直、今すぐにでも頼りたい気持ちでいっぱいなんっスけど。もう少しだけ、俺に時間をください。お願いします」 頼れるものなら、先輩から声をかけられる前に俺の方から打ち明けるが。職場の人間にはとてもじゃないが話せない内容に頭を悩ませている俺は、戸田先輩に向かい深々と頭を下げることしか出来なかった。 そうこうして、納得していない様子の戸田先輩の背中をどうにかして見送った後。事務所に独り取り残された俺は、年明けのトレーニング終了時のことを思い返していく。 初蹴りに参加したスクール生の中に、飛雅がいて。普段は迎えに来る時以外、顔を見せない飛雅の母親が珍しくトレーニングの様子を見学に来ていたことに俺は違和感を覚えた。 けれどその後は何事もなくトレーニングが終了し、今年は楽しくサッカーが出来そうだと俺に告げた飛雅は嬉しそうに母親の元に駆け寄って行ったのだが。 その飛雅の横を通り過ぎ、スタスタと俺の方に向かってきた母親は、俺に耳打ちするようにある言葉を残して去っていったのだ。 『これだけ私たち親子と顔を合わせていても、まだ気づかないものなのね……それとも、もうとっくに気づいているのかしら?飛雅の父親は白石雪夜、貴方よ』と。

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