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カクシゴト 2

最初は、何を言われているのか理解が出来なかった。戸田先輩から忠告を受けていたこともあり、保護者対応はかなり気を遣い行ってきたはずだった。 けれど、毎週トレーニングを積み重ねていくうちに、飛雅は俺に懐くようになって。俺としては単純に嬉しく思う反面、飛雅の家庭事情の闇に溺れていくような気がしてならなかったのだ。 だからこそ。 俺は飛雅の母親、茉央の言葉を深く考えるようになってしまったのかもしれない。 普通に考えれば、茉央の言っていることは何の根拠もないデマだと誰もが思うだろう。俺だって、今でもデマだと信じたいところではあるのだが。 現在、飛雅と茉央と別居中の父親は飛雅と血の繋がりがないこと。飛雅の色素の薄い髪や瞳が、どことなく俺と同じように思えること。 他にも、利き足やボールを蹴り上げる時の癖が俺にそっくりなこと。そして、何より……俺の童貞を奪った女が、茉央だということだ。 茉央が飛雅の母親として初めて俺と会った時、どこかで会ったことがあるのではないかと言われたことを思い出す。あの時の俺はこんなクソアマに会った覚えなんてねぇーよ、と思っていたのだけれど。 俺が唯一、星以外で抱いた女の名前を覚えているのが茉央なのだ。正確には、数年前に飛鳥が勝手に俺に暴露してきやがっただけなのだが。 同性同名とか、様々なことを考えてもみた。 俺が抱いた女と飛雅の母親が一致するのか、正直疑いだらけの中で、なるべくそのことを考えないように過ごしてきたってのに。 俺の中でも気にかかることが多くなっていた時に告げられた茉央からのひと言は、まるで剣のようだった。 けれど、もし俺が初体験を済ませた時に授かった子だとしたら、飛雅の年齢が合わない。だがしかし、茉央と体を重ねたのが最初の1度きりだと……そう思っているのは、俺だけなのかもしれない。 飛雅の歳を考えると、茉央が飛雅を授かったのは俺が高校生の頃になる。その頃の俺がどんな女を抱いていたかなんて、いくら記憶を遡っても鮮明に覚えている相手など誰もいない。 星と出逢った後の俺が取った行動なら、1年狩りの愛ちんの時のようにデマだと自信を持って言えるのに。飛雅の件については、違うと断言出来る根拠が何ひとつ見つからないのだ。 裏を返せば、俺が飛雅の父親だと言い切れる証拠もないことになるけれど。それは、俺側の話だけで……子を授かった茉央はおそらく、俺が父親だと言える確信があるのだろう。 そして、俺もまた。 飛雅の才能に、夢を見始めていた。 俺には手に出来なかったプロの切符、それを手に入れるだけの能力を飛雅は持っている。もしも、飛雅が俺の生徒ではなく息子だとしたら……俺は、俺は間違いなく息子に自分の夢を託しているはずだ。 飛雅には、なんの罪もない。 分かってはいるのに、茉央の言葉を聞いてからの俺が飛雅を避けてしまうのは、何気ない会話の中に隠されていた飛雅の本音があったから。 ……それは、まだ年を越す前の話。 過去の俺と飛雅が交わした会話と、俺の考えが込められた記憶の中の1ページ。

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