122 / 124

カクシゴト 5

「……残念だけど、貴方と私は今日でお別れね」 重苦しい空気の中、詳細を話終えた俺にランが言った一言は地味に俺の心を抉っていく。 「俺の味方じゃねぇーのかよ、クソが」 咥えた煙草に火を点けつつ、俺はランを睨みつけるけれど。 「冗談よ……って、冗談言ってる場合じゃないわ!」 相変わらず騒がしいオカマは話の重さに今頃気がついたらしく、両手で頭を抱え俺の視界から消えていった。俺はそんなオカマを放置し、停止した思考でぼんやりと煙草に口付けるだけ。 「知ってるわ、知ってるわよ。若い時の雪夜が、人を愛せるような男じゃなかったことくらい私は知ってるの。初体験は中学二年の夏休み、その後はもう、数えきれないほどの女を抱いて過ごしていたんですもの。ソレを知っていて、あの時の私は貴方に何の忠告もしなかったのよ。いくら雪夜がしっかり避妊していたとしても、万が一って可能性はあったのに……あー、どうしましょうっ!!タイムマシーンがあるのなら、私は今すぐ過去の私を殴りに行くわっ!!」 カウンターの下、俺の見えないところで念仏を唱えるランはご愁傷様だ。 アーッ!だの、ヴーッ!!だの。 人間とは思えない奇声を上げるオカマは怪物のようで、俺はこんなヤツが味方ならいない方がいいと思い始めた頃だった。 「はぁ……でも、よく話してくれたわね。さてと、とりあえず今後のことを考えましょう。このまま有耶無耶の状態で時が過ぎるのを待つだけなんて、私らしくないわ」 堕ちるだけ堕ちたかと思えば、急上昇してきたランはひょっこりカウンターから現れ、そして人間を顔をして笑った。 「お前さ、意味わかんねぇーわ。なんだよ、その回復力……ったく、ウジウジ悩んでる俺がバカみてぇーじゃん」 「何言ってるのよ、貴方がバカだからこんなことになってるの。とにかく、話を整理しましょう。その茉央って女の子供が本当に雪夜の血を継いでいるのかは、まだ分からないってことよね?」 「今のところは、な。正直な話、兄貴に連絡すりゃある程度のことは分かると思うんだけどさ……俺より飛鳥の方が、茉央のことをよく知ってるはずだから」 数年前の茉央はおそらく、兄貴の中でお気に入りの女だったはずだ。あの飛鳥の口から、茉央は当時ナンバーワンだったと言わせたほどの女だから。 けれど、俺が飛鳥に茉央のことで連絡をしない理由は少し複雑で。 「あんさ、俺の口からお前に言っていいのか分かんねぇーんだけど……今の飛鳥が気に入ってるヤツ、俺の上司なんだ。茉央のことを飛鳥に話すとなると、俺の情報が上司に筒抜けになっちまうんだよ」 飛鳥が竜崎さんに軽々と告げ口するとは考えにくいが、それも絶対とは言えない。俺と星が同棲していることを竜崎さんは兄貴から聞いているし、信用ならない兄貴に相談できるほど俺の心は強くなくて。 俺はひょっとしたら、愛しの恋人とやっと掴んだ夢の両方を一度に失ってしまうのではないかと。最悪のシチュエーションを思い浮かべた俺は、もう何も言えなかった。

ともだちにシェアしよう!