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カクシゴト 7
飛鳥に連絡を取るのが先か、星に事情を伝えることを優先すべきか。俺がこうして悩んでいる間にも、時は確実に過ぎていく。
ただ項垂れているだけでは、問題は解決しないというのに。今の俺には、勇気も根性も動く気力すらもないのだ。
けれど、いつまでも此処で死体のように硬直しているわけにもいかず、怠けた身体を無理矢理動かし咥えた煙草は5本目だった。
珍しく灰皿を変えないランと、溜まっていく灰と吸殻の山。俺が相手でも基本的に客とバーテンダーの立場を保つはずのランでも、今回の話に動揺しているのだろうと思った。
客が使う灰皿に吸殻が3本溜まったら、磨かれた新しい灰皿と交換する。些細なことだが、仕事人間のランは細やかな仕事を忘れたりしないヤツなのに。
「私も色々と考えておくから、とりあえず今日のところはもう帰りなさい。それでなくても、貴方と星ちゃんが2人だけでいられる時間は少ないんだから」
カウンターに両肘をつき、そう洩らしたランには疲れの色が見える。
俺の弱さに付き合ってくれるランに甘え過ぎたか、と。紫煙の奥で溜め息を吐いたランの姿を視界に入れた俺は、緩く結ばれたランの髪に手を伸ばそうとした。
が、しかし。
「……ラン、お疲れ様。お前には感謝してるからさ、これからも星のことをよろしく頼むぜ。俺より、アイツのことを守ってやってほしい」
俺が触れたい相手はランじゃないことを実感した俺は、ランに伸ばしかけた手を止め呟いた。
重い話に、重い空気。
互いに互いの過去を知り、弱さを知っている相手。だからこそ、ほんの僅かなこの時間で俺とランは歩み寄る。
おそらく、今まではタイミングが合わなかっただけ。現実から目を背け、お互いに寄り添いたくなったこの瞬間を、俺は自らの手で食い止めた。
正直、俺は星がいる家に帰りたくないけれど。
俺には、星しかいないのだ。
どれだけランに甘えても、頼っても。
俺が心の底から、傍にいてほしいと思える相手は星以外に見つからない。
俺は星を嫌いになることなど不可能で、アイツを失うことになるかもしれない未来を見つめて今を恐れている。それでも、現実から逃げるようにしてランの優しさにこれ以上頼るわけにはいかないから。
「今後、俺がどうなるかなんて考えたくもねぇーし、そんなもん誰にも分かんねぇーけど。もし、星が俺から離れても、お前はアイツの傍にいてやって」
「雪夜……」
「いつまで経っても、情けない男でごめんな。でも、アイツの夢は此処にあるから」
「……情けないなりに、決心が着いたのね。貴方は私の旦那様じゃないんだから、星ちゃんの元に早く帰ってあげなさい」
好きとは少し異なる感情に、俺とランはうまく言葉を当てはめることができない。
うるさいオカマ野郎を抱きたいと思ったことはないし、それは現在進行形で思っていることだけれど。
触れ合いとは違う、心の拠り所。
そこに手を伸ばしかけた俺を引き止めたのは、俺とランの弱さではなく、ランと俺がお互いに知る星の笑顔だった。
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