129 / 134
絶望 5
雪夜さんの、子……ってことはつまり、雪夜さんと誰かの間にできた子供ってことで。子供を授かれるのは女の人だけだし、その行為をしないと授かるものも授からないわけでして……ハイ。
オレはこの時、人は目を開けながら眠れることを知ったんだ。
「星、せーい?」
瞬きひとつすることなく雪夜さんを見つめていたオレに、雪夜さんは声を掛けてくれたけれど。
「えっと、へー、そうなんだぁ」
思考回路停止中のオレは、瞳が乾燥してぼやけて見える雪夜さんにそう言って笑った。
そんなオレの反応に、困惑している様子の雪夜さんはオレの髪に手を伸ばしかけて。でも結局、その手はオレに触れることのないまま煙草の箱を掴んでしまって。
「……ごめんな」
呟かれた言葉が、最後にオレに絶望を与えた。
こんなに、こんなに苦しく思うのは久しぶりの感情で。西野君と雪夜さんが抱き合っていた時のように、もしかしたらそれ以上に……息が、できない。
その手で、誰に触れていたの。
その声で、どんな言葉を交わしたの。
種を蒔いても花が咲かない畑は、いつまでも枯れたままなのに。そこら中にある田畑の中で芽吹いた生命のひとつに、オレの呼吸は乱されていくばかりだ。
「っ、は……ぅ、はぁ」
吸って、吐いて。
一生懸命呼吸をしようと頑張っているのに、酸素が上手く身体中に巡らない。手足が痺れるような感覚がして、次第に意識が遠のいてしまっているような気もするけれど。
「星、ゆっくりでいいから焦らずに深呼吸しろ……そう、上手。落ち着くまではそのまま、ゆっくりゆっくり、ひとつずつ呼吸して」
優しくて、優しくて。
温かみのある雪夜さんの声で我に返ったオレは、雪夜さんの指示通りに数分の間呼吸を繰り返した。
少しずつ、乱れた呼吸が元に戻り始めた頃。
雪夜さんの瞳が、とても悲しそうにオレを見つめていて。
「やっぱり、俺みたいなヤツがお前の傍にいちゃいけねぇーのかもな。今の俺がどれだけお前を大切にしても、過去の俺はお前を傷つけてばっかだ」
「……それはっ、それは違います。雪夜さんがオレを大切にしてくれているのは、オレが1番よく分かってます。だから、そんなこと言わないでください」
本当は、かなりショックなんだけれど。
オレよりも辛いのは雪夜さんなんだって思ったオレは、オレの傍から離れようとしている雪夜さんを繋ぎ止めることに必死になった。
「詳しいことはよく分かりませんけど、本当に雪夜さんが父親だって言える証拠はないんですよね。だったら、まず事実を確かめましょう……オレは、オレはどんな結果になっても受け止めますから」
嫌だとか、もう無理だとか。
雪夜さんが話してくれたことが例え真実だったとしても、オレは事実を受け止めなきゃならない。だから、オレが今ここで泣き叫んで雪夜さんに縋りついたって、どうにもならないんだ。
オレは、雪夜さんの恋人だから。
雪夜さんの過去がオレをどれだけ傷つけても、今の雪夜さんを支えられるのはオレだけだから。
「話してくれてありがとうございます、雪夜さん」
ともだちにシェアしよう!

