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絶望 8
オレと雪夜さんの視線が、交わることはない。
けれど、話をするオレを止めようとしない雪夜さんは、咥えていた煙草を消し、その後すぐに新しい煙草を手に取るとソレに口付け火を点ける。
「本当は、嫌いたいわけじゃない。傍にいたいし、オレは雪夜さんを愛してます……でも、オレは未来ある子供を犠牲にしてまで雪夜さんを手に入れようと思えないんです」
好きで、好きで、堪らなくて。
それでも、手放さなきゃならない理由があるのなら。オレは、雪夜さんの幸せを願うことしかできない。
「……幸せって、愛情って、何なんでしょうね。今まで、オレは分かったつもりでいました。きっと、それは雪夜さんも同じだと思いますけど……お互いに、もう一度考えてみませんか?」
この先のオレが願う幸せってものが、どんなものなのか。今のオレが自分の存在を否定しても、認めることができなくても。今の雪夜さんがオレ同様に、消えてしまいたいと思っていたとしても。
オレ達は、流れゆく時間の中でいつか必ずその答えを知ることになるから。
当たり前になった生活から離れたら、見える景色があるんだろうと……お互いに、見つめなきゃならないのは相手よりも自分自身のことなんだと。
紡いだ想いが雪夜さんに届くようにと、オレは小さな望みにかけて雪夜さんの横顔を見つめた。
いつだってキレイで、手を伸ばしたくて。
触れていたいと、傍にいたいと……そう、オレが強く思う相手は雪夜さんしか知らない。
深い深い闇の中で漂っているような空気、それは室内でも室外でも似たようなもので。たった一筋の光のように夜の空に浮かぶ月だけが、オレと雪夜さんを照らす。
そして。
交わることのなかった視線が一度だけ、ゆっくりと重なって。
「……分かった」
そう、ひと言。
呟いた雪夜さんは、左手で髪を掻きあげ、右手でさっき火を点けたばかりの煙草を灰皿に押し付けた。
その仕草に、僅かな呼吸音と醸し出す空気に、心が揺さぶられる。魅せられているのはいつだってオレの方で、こんな時でさえも自分の気持ちを殺してオレの意見を優先する雪夜さんを見て、湧き上がる想いは抑えが効かなかった。
……ああ、好きだなって。
オレは、雪夜さん以外の人を愛せないんだろうと。
曖昧なくせに、生意気な感情を抱えて。
これが最後かもしれないと思いつつ、オレは自ら雪夜さんとの距離を詰めていく。
分かっていること、知っていること。
無理なものは無理で、得られないものがこの世の中には少なからず存在する。
だから、今だけ。
この絶望を、共有したいから。
「……抱いて、ください」
暗闇の中で縋るように伸ばした手と、無意識に震えるオレの声。雪夜さんの髪に触れて絡めたオレの指先は、信じられないくらいに熱くなる。
この感覚を、オレは一生忘れることはないだろう。
「星」
甘くて、優しくて、切なくて、ほろ苦い。
雪夜さんから与えられる口付けも、名を呼ぶ声も、何もかも。幸せとは無縁の境地に立っている感情は、儚くて愚かな夢に向かいそっと扉を開けていく。
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