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ブラザーコンプレックス 2
オレがどんなに存在否定しても、消えてしまいたいと思っても。心を持って産まれた人間は、人形にはなれない。
苦しくて嘆いたり、悲しくて泣いたり。
酷く悔しくて拳を握ったり、怒って怒鳴ったり……嫌な思い出から抜け出せなくて、不安で奥歯を噛み締めたとしても。ものすごく辛いことがあって、泣き喚いて嗚咽を吐いたとしても。
それが、人間だから。
「……どれだけみっともない姿でも、人から見たら軽蔑されるような状態でも。今を生きてる俺たちの心を、自分の気持ちを殺しちゃダメだよ」
「……ぅ、っ」
たくさん溢れてくる涙は、どれだけ流しても枯れることがない。けれど、傷ついた心を放置したまま泣き続けていると、いつしか人は、泣いていた本来の意味を忘れてしまう時がある。
いや、たぶん。
苦しくて、悲しくて、どうしようもないから。
たくさん泣いて、泣いていた意味も忘れてしまったかのような錯覚を、オレたちは脳に感じさせているだけなんだと思う。
なかったフリをして、忘れたフリをして。
事実から目を逸らして、そうしてはじめて、少しだけ前を向くことができる時だってある。
オレはそんなことを考えながらも、嗚咽を堪えることができずに涙を流すことしかできなかった。
「泣いていい。我慢しなくていい。だから、目を逸らさずに自分を大切にして……せいはもう、心を塞ぎ込む以外の傷の癒し方を知ってるんだから」
まるでボロ雑巾のようなオレの頭を、兄ちゃんのキレイで細い指が何度も何度も流れていく。だけど、その優しい手つきとは裏腹に、兄ちゃんはキッパリと今のオレの考えを否定した。
「で、もっ……」
今はまだ、たくさんの感情を整理する余裕なんてオレにはない。なぜ泣けてくるのかも、本当はもう分からない。
今のオレがどれだけ努力しても、泣いて叫んでも。もしもの話が本当だったなら、雪夜さんの子供の未来をオレが奪うことはできない。
オレが雪夜さんと出逢う前に、過去に起こった出来事だから。オレには、オレにはどうにもできないことなんだ……でも、それがもどかしくて、やり切れなくて、とても苦しい。
兄ちゃんの声を聴きながら、何度も浮かんでは消える雪夜さんの笑顔。いくら手を伸ばしても届かない現状を望んだのは、こうなることを選択したのはオレの方なのに。
お互いに傷つけて傷ついて、今までオレが知らなかった雪夜さんの一面を知ったこと。優しさも愛情も、全てを剥ぎ取られた交わりは、心と身体が2つに裂けていくような感覚だったこと。
心と、身体と、言葉。
この3つはそれぞれ別々に、単独行動が出来ることをオレは覚った。好きな相手だから繋がりを持つものだと思っていた行為は、心が痛いと泣き叫び、身体は快楽に溺れ、言葉は嫌だと口にしていたから。
この事実から目を逸らさず、尚且つ自分を大切にするなんて。気持ちの切り替えがそんなにもスムーズにできるのなら、オレは今こんな状態になっていないと思う。
けれど一瞬、腑に落ちる考えが浮かんだ。
浮かんだけれど、オレは独りで納得して……そして、小さく小さく笑ってみせた。
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