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ブラザーコンプレックス 4
「嫌い、でも……いいの?」
「いいよ、でも否定はしちゃダメ」
優しさと厳しさを兼ね備えた、まるで母さんのような兄ちゃんの言葉にオレは眉を寄せる。
「よく分かんない」
「嫌いな部分も、そのまま受け入れるの。嫌いなところがあっても、自分は大丈夫だって」
「……難しい」
不貞腐れている場合じゃないのに、オレから出てくる言葉は幼稚なものばかり。どれもこれも、受け入れるよりは否定に近いオレの脳内。
「そうだね、自己暗示みたいなものだから最初は少しコツがいるかも。自分軸が素で出来る人もいれば、せいみたいに他人軸な人は時間がかかることもある」
「他人軸って、ナニ?」
「自分よりも、他人の意見を優先して生きてる人のことを指す言葉。悪いことではないけど、自己犠牲し過ぎると今のせいになる」
たくさん説明してくれる兄ちゃんは、オレの頭を撫でていく。
言われている意味は理解できても、実践できるかは別問題。他人軸とか自分軸とか、そもそもそんな軸がどこにあったのかさえ知らなかったオレは、納得できない感情を言葉に込める。
「……だって、オレよりっ」
「オレより雪夜さん、じゃないの。この世はね……俺より俺、なんだから!」
ものすごいスピードで兄ちゃんに先回りされたオレの感情は、兄ちゃんの声に掻き消された。
「オレより、オレ?」
兄ちゃんが言うともっともらしいけれど、オレに置き換えると力がない感じがする。
「できることから始めればいい。少しずつ、自分を否定しない努力をしていけばいいよ」
今までそれなりに努力してきたのに、まだ頑張らなきゃいけないのかと思うと辛い。そんな気持ちが零れ落ち、大きな溜め息が出そうになるけれど。
「こんな時、雪夜さんは大丈夫だって言ってくれる。きっと本当は辛くても、オレのために大丈夫って……そう、言ってくれる」
恋しくて、堪らない言葉。
雪夜さんからたくさんもらった、大丈夫。
「うん、そうだね。じゃあさ、ユキが信じるせいを信じてあげたらいいんじゃない?そうしたら、せいは絶対に自分を否定しないから」
「……雪夜さんが信じる、オレ」
なんだか、できそうな気がする。
分からないけど、そんな気がする。
きっと。
オレはもう、雪夜さんからの『大丈夫』を、与えてもらうだけではいけないんだ。
だって、本当は。
簡単に、大丈夫だなんて言えないから。
雪夜さんも心の中ではずっと不安で仕方がないことを、精一杯の強がりで、根拠のない大丈夫という言葉の魔法に切り替えてくれていたんだって気がついた。
オレのために、そしてきっと雪夜さん自身のために。雪夜さんはいくつもの『大丈夫』を積み重ねて、そうして過去を乗り越えてきたんだと思う。その小さな大丈夫を、オレはただただ信じてついてきたけれど。
これから先も、信じていようと思った。
でも。
『大丈夫』だと、自分と相手を信じるのは雪夜さんじゃなくて、オレ自身でなきゃならないから。
こうして、少し大人になってみると。
学生の時、兄ちゃんに言われた言葉の意味がよく分かる。
大人の階段を登りきった時、誰もがシンデレラなんてことは嘘で、ガラスの靴がないことを知る。それでも、前に進むしかない未来がオレ達を待ってるんだって。
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