156 / 170

ブラザーコンプレックス 8

新たな決意を胸に、辿り着いたのは実家の玄関だ。見慣れた佇まいにホッとしつつ、扉を開けたオレを出迎えくれたのは母さんだった。 「おかえりなさい、星」 「ただいま、久しぶりだね」 「ちょっと、俺も一緒に帰宅してるんだけど。なんでせいだけに声かけるの、弟だけ贔屓するなんて……俺もそろそろ、この家出ようかなぁ」 オレの後ろから顔を出した兄ちゃんは、不貞腐れた様子でオレより先に家の中へと入っていく。そんな兄ちゃんに呆れつつも、母さんは笑いながら兄ちゃんの背中に向けてこう言った。 「好き勝手してるくせに、今更なに言ってるの。月の半分以上は優君の家に入り浸っているんだから、いないのと変わらないじゃない」 「だって、優の家の方が職場近いんだもん。けど、せいも俺もいなくなったらうちの老夫婦が寂しくて泣いちゃうと思って帰ってきてあげてるの。もう、感謝してよね」 そう言いながら、リビングではなく二階に上がっていく兄ちゃんに、母さんは笑顔を崩さないまま声を掛けていく。 「はいはい、分かったわよ。ありがとう……おかえりなさい、光」 そんな母さんの言葉に、兄ちゃんはにこやかな表情で応えていた。変わらない家族の笑顔に安堵し、オレは靴を脱いでいく。それなりに持ち出してきた荷物を抱え、母さんの後を追うようにしてオレはリビングへと足を踏み入れた。 「星、おかえり。元気にしていたか?」 「父さん、ただいま。うん……元気にしてる、ありがとう」 ソファーで寛いでいる父さんに声をかけられ、なんだか照れくさく感じながらもオレは挨拶して。 ダイニングテーブルも、ソファーも。 なんの変化もない実家に、安心感が湧き上がるけれど。半ば来客気分で突っ立っているオレに、母さんはクスッと微笑んだ。 「今からコーヒー淹れるけれど、星はどうする?紅茶にする?」 「……あ、じゃあ紅茶でお願いしようかな」 母さんの問い掛けに応えながら、オレはダイニングテーブルにつく。 本当は、雪夜さんが淹れてくれる甘いカフェオレが飲みたいけれど。母さんにそれを強請るのは違う気がして、オレは紅茶を選択していた。 「星が帰ってくるって聞いて、急いで布団をお洗濯したの。ある程度部屋の掃除も済んでるから、今日から自分の部屋で寝て大丈夫よ」 「ありがとう、母さん」 家を出る前は、当たり前だったこと。 それが、今はとてもありがたく感じる。 オレが育った場所で、こうしてまた自分自身と向き合わなきゃならないなんて思っていなかったけれど。 息子が久しぶりに帰ってきたというのに、寂しそうな顔をしている父さんが気になって。母さんからコーヒーの入ったマグカップを受け取った父さんの姿を、オレはじっと見つめてしまった。 「雪夜君は、出張か……久しぶりに顔を見たかったんだがな、仕事なら仕方ない」 どうやら父さんは、実の息子のオレよりも雪夜さんに会いたかったようで。本当に残念そうに呟かれた父さんの言葉に、オレは思わず苦笑いを零してしまう。 「二ヶ月間ですって。雪夜君、ご丁寧に連絡してきてくれたわ。私、お土産期待してるって雪夜君に言っちゃった」 お茶目に舌を覗かせる母さんは、いくつになっても可愛らしい。この様子だと、オレたちの裏工作は上手くいったみたいだ。

ともだちにシェアしよう!