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ブラザーコンプレックス 10
「星ちゃん、大丈夫?」
「はい、おかげさまで」
ランさんから与えてもらった休暇期間も終わり、オレが実家から職場へと出勤した一日目。開店前の準備作業はすでに、そのほとんどがランさん独りで終えられていた。
仕事よりも大事な話があるからと、オレはランさんにそう言われてカウンター越しにランさんを見る。
開店30分前。
いつもならランさんは、ゆっくりとコーヒーを飲んでリラックスしている時間だけれど。
「……雪夜のこと、見損なったかしら」
伏せ目がちなランさんの表情は儚くて、すべての事情を把握しているランさんに、オレはこう呟いた。
「いえ、雪夜さんらしいなって思いました。オレが、雪夜さんに強請ったんです……雪夜さんは最後まで、乗り気じゃなかったから」
傷つけてほしかったわけじゃないけれど、結果的に傷ついて終わってしまった行為。でも、その傷が今は愛おしいと思えるほどに、オレの心は回復している。
「過去の雪夜さんまで、オレは愛してみたかったんです。オレの知らない表情をして、オレの知らない触れ方をする雪夜さんを……受け入れるのは、やっぱり辛かったですけど」
「大切な人を傷つけると分かっていて、わざわざ抱いたりしない男よ。貴方がソレを望まない限りは、ね……もう、星ちゃんったら男前なんだから」
ズタボロだった一週間前のオレを知っているランさんは、オレの言葉でやっと笑顔を見せてくれた。
ずっと、心配させていたんだと。
ランさんが安堵している表情を見ると、やっぱり申し訳なく思えてくる。でも、オレはその思いを抱えるよりも、オレの意思を伝えることの方が、今は大事なことのように思うから。
軽くなった首筋に触れ、小さく息を吐いたオレは、ランさんに向かい微笑んでみせた。
「全部、外されちゃいましたけどね……アンクレットも、指輪も、オレは今、オレだけのものなんです。だからきっと、これが正解です」
まだ何も問題は解決していないけれど、オレはオレで見つめ直さなきゃならないことがある。自分自身のこと、雪夜さんとの今後の付き合い方……そして、もしかしたら訪れてしまうかもしれない、別れ方も。
オレが多くを語らずとも、ランさんはオレの言葉を理解したようで。
「……2人で出した、答えなのね」
そう呟いたランさんは、ここにはいない雪夜さんのことまで、しっかり捉えて話してくれているんだろうと思った。
でも。
「今は、ですよ」
オレは、雪夜さんのことを誰よりも信じているから。雪夜さんが信じる、オレでいたいから。だから、オレは雪夜さんが必ず迎えに来てくれるって、ただそれだけを信じて待つ決心をした。
オレが、オレであるために。
雪夜さんが、自分自身と向き合うために。
いつか必ず、また手を取り合えることを祈って。雪夜さんに奪われることのなかったメダイユは、オレの宝物だから。もしまだ祈りが届くのなら、過去の最後の柵から、雪夜さんを解放してあげてほしいんだ。
「大人になる背中を眺めるのって、どうしてもこうも切ないのかしら……強くなったわね、星ちゃん」
エプロンのポケットに忍ばせたメダイユを強く握り、オレはランさんの笑顔に微笑みで応えた。
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