161 / 170
探偵ごっこ 3
「……あれ、イッシー今日遅いじゃん」
「はよーございます、戸田先輩」
幸咲さんと話し込んだ後、そのまま出社した俺に声を掛けてきたのは戸田先輩だ。
「イッシー、喫煙所にいるのかと思ってた。珍しいこともあるもんだな、白石がこんな時間に出勤なんて」
どうやら戸田先輩は、普段は早目に出勤している俺が時間ギリギリなのを気にしているらしい。
「こんな時間っつっても、まだあと10分あるんで……今日はここに来る前に、予定があっただけです」
「ふーん、女?」
「違います」
……違わねぇーけど、説明すんの面倒だからいいや。恋人の母親と朝っぱらからカフェにいたなんて、仕事前に話す内容じゃねぇーし。
俺に相手がいることを、おそらく戸田先輩は気づいているんだろう。だが、私用に首を突っ込まれることはなく、丁度いい距離感を保ってくれる戸田先輩の存在はかなりありがたく感じる。
真面目な上司と気が効く先輩。
良い環境の中で働けることが、当たり前ではなくなることを……俺は、無意識のうちに恐れていたのかもしれない。
そんなことを思いつつ、戸田先輩の問いを否定した俺は着ているコートを脱いでいく。
「白石、再来週から出張らしいな」
「ああ……はい、情報早いっスね。昨日、本部から呼び出しくらいました」
「1週間だっけ?イッシーの受け持ちの子ら俺と竜崎先輩で持つから、明後日までに振り分けのリスト作成よろしく」
「明後日……ん、了解です」
明後日から、星は実家に帰る。
そして、俺は明後日までに受け持ちの生徒の振り分けを考えなければならない。
私生活はズタボロだが、仕事は仕事だ。
逆に仕事さえしていれば、残りの時間の全てを俺は問題解決に費やせる……無理にでもそう捉え、俺は今後の予定に頭を悩ませていくけれど。
「……あ、飛雅のクラスは俺に振って。久しぶりにアイツのプレー観たいし、飛雅とイッシーのことについて話もしたいから」
「俺のこと、ですか?」
飛雅の担当をどうするか、たった今、頭に浮かんだ事柄を戸田先輩から告げられた俺は、突っ立ったまま尋ねていた。
「この半年間で飛雅がどれだけお前に懐いたのか、確認してやろうと思って」
「ソレ、深入りはすんなって竜崎コーチから釘刺されますよ。俺、もう何本刺さってるか分かんねぇーくらい釘打たれてますし」
スクール生は、飛雅一人ではない。
大勢いる生徒の中でも、俺によく懐いてさまざまな相談を持ち掛けてくる生徒は飛雅以外にもいるけれど。
練習終わり、コートの隅っこで時間を忘れ生徒と話し込んでいる姿を、俺は何度も竜崎さんに目撃されているから。
「お前が、飛雅のことでの悩みをいつまで経っても言葉にしねぇのが悪い。白石が全部悪いから、竜崎さんからの釘はイッシーにしか刺さんねぇよ」
戸田先輩からの遠回しの心配、それに乗っかり二人で苦笑いを漏らしていると、戸田先輩の背後に音を立てずに近寄る人物が一人現れて。
「……敦君、可愛い後輩を虐めて遊ばないように。おはようございます、みなさん」
「竜崎コーチ、おはようございます」
「ざーす、すんませーん」
なんの感情も篭っていない挨拶をした戸田先輩に、竜崎さんは呆れながらも笑顔を崩さなかった。
ともだちにシェアしよう!

