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探偵ごっこ 4
ミーティング前に竜崎さんから注意を受けたものの、その後は至って通常通りに仕事内容が終了し、残すは生徒の振り分け作業だけなのだが。
ディスクに居座っているのは俺と竜崎さんの二人のみで、他のスタッフは退勤時間丁度にいなくなった。そうして、30分が経過した頃。
「……ゆっ、雪君、出張の件でお話が」
意を決して話を切り出したと言わんばかりの竜崎さんの声色に、俺は思わず笑ってしまった。
「あのっ、僕になにか可笑しな点がありましたか?」
「いえ、まぁ……はい、それなりに」
上擦った声を出しておいて、わざわざ確認しなくてもいいと思うのだが。真面目過ぎる性格だと、いらない苦労をするんだろうと俺は勝手に思いながらも返事をして。
「出張の件で、俺に何か?」
竜崎さんの返答を待たずに俺から疑問を投げかけると、竜崎さんは一度息を吐いた後に口を開いていく。
「今回の会合ですが、来年度から新たにスクール校を受け持つ人材が全国から集まります。それにともない、本部の人間も大勢出席しますが……雪君、どうかご無事で」
まるで俺に祈りでも捧げるように、合掌する竜崎さん。違和感がありすぎる言動に、俺は手を止めて首を傾げてしまう。
「……どういうことッスか?」
「人事部、営業部、その他の部署からも雪君には個人的に声が掛かると思うので。まだ、先の話になるけれど……から話が始まり、本部の言葉に大人しく頷いていると、いつの間にか転勤ルートに突入してしまうんです」
「あー、なるほど」
全国転勤可能かと聞かれたら、答えはNOだ。俺が恋人と同棲していることを知っている竜崎さんは、本部役員に俺が捕まる前に逃げろと遠回しに伝えてくれているのだろう。
「雪君は、転勤NGでしたよね?」
「はい。戸田先輩と同様、エリア内だけで申請してありますけど」
「でしたら、甘い誘いには絶対に乗らないように……若手が集う会合は、各部署の今後を見据えた狩場ですから。どうにかして、雪君を出世コースに乗らせたい連中からのアプローチは凄まじいと思います」
「いや、でも……社員俺だけじゃないんで、そんなことあります?」
「僕は今までに、何人もの後輩たちを本部に奪い取られています。誘いを躱して無事に戻ってきたのは、敦君だけなんです」
……ああ、竜崎さん人材育成上手いからな。
海外研修のときにも感じたけれど、この人の指導は本当に的確で嫌味がない。新しい人材がいい具合に育った頃に奪い取られるなんて、なんとも竜崎さんらしい。
「出世コース保証は、間違いないんですがね……一度誘いに乗ってしまうと、子供たちからどんどん遠ざかってしまうんですよ」
「まぁ、そりゃ本部の犬になったらチビたちと一緒にボール蹴る時間なんてなくなりますよねぇ……貰えるもんは貰いたいッスけど、出世は興味ねぇーかなぁ」
「雪君のそういう素直なところ、僕は好きですよ。コーチとしての仕事が好きな僕も、敦君も、昇進はヘッド止まりになりますがね。僕は今で、充分満足していますから」
疲労困憊の姿を晒されながらのその言葉に、竜崎さんの優しさが滲み出ているけれど。竜崎さんを巻き込むほどの私情を抱えている俺は、今ある仕事に向き合うことしか出来なかった。
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