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四月も半ばを過ぎた頃、新入社員の配属先が正式に決定した。 幸い、海斗は総務部となり同じ営業部になることは免れた。 その間にも俺はこっそりと内偵を進めていた。澤田を呼び出しては食事を奢り、彼の素性を聞き出そうとしたが「個人情報だから」の一点張りで有力な情報は何も得ることが出来なかった。 ただ“守屋(もりや)海斗(かいと)”というフルネームだけは分かった。 海斗のことに関して躍起になる俺を訝しげな目で見ながらも「次のターゲットは彼なの?」と期待を込めて問い返す彼女に無言を貫いた。 別に興味がある訳じゃない。 ただ、あの夜の事を知りたいだけなのだ。 それに、就活中だというわりには金髪で、夜中にフラフラと男をナンパしていたようなやつがこの会社にすんなりと入社できたことが不思議で仕方がない。 毎年、競争倍率が増えていく最優良企業。その狭き門はただ頭が良いというだけでは潜ることは出来ない。 個性と独創性、そして何より責任感と対応能力が求められる企業だけに、チャラチャラと遊んでいるような大学生にはムリな話だ。 あの夜の海斗はまさにそういう印象を受けた。 俺と寝ることに気後れすることなく、むしろ楽しんでいるかのようにはしゃいでいた。 そんな彼が一体どうやってこの会社に入れたのだろう……。 あまり考えたくはないが親のコネというセンも捨てきれない。 俺の方といえば、Sシステムとの契約に関して少しだけ先が見えてきた。 プレゼンの資料も自身で納得がいくものが出来たし、あとは最終チェックと上司の判断を待つだけだ。 今日は久しぶりに定時退社を試みる。 営業部の面々は口々に「眠れる獅子が狩りに出かけるか?」と噂したが、相変わらず俺の愚息は勃ちあがる気配もなく、その術を忘れてしまったらしい。 最新のAVを見ても虚無感しかない。その上、女優の喘ぎ声が騒音に聞こえるようになってしまった今、もはや男として生きていくことが難しくなっている。 (早く帰って寝よう……) エレベーターで一階に下り、ロビーを抜けエントランスに向かう。 受付のすぐ脇にある社員専用の認証機を抜けて警備室の前に立つ職員に頭を下げる。 以前は一度も挨拶などしたことがなかった。 しかし、あの夜以来俺は変わってしまった。 きっと海斗は自意識過剰な俺を罰するために現れた天使で、罰として男の機能を狂わせた。 今まで犯してきた罪を悔い改めることで男としての自信を取り戻すことが出来るのなら、何でもしようと心に決めた。 ――というか、彼を『天使』と言ってしまっているあたり、すでに病んでいるという自覚はある。 「――お疲れ様っす」 小声で呟きながら正面玄関へと足を向けると、ロビーの通路脇に並べられた観葉植物の鉢の陰にいた人物とぶつかりそうになって慌てて体を捩った。 「あ、すいませんっ!」 咄嗟に出た言葉ではあったが、その人物を目にした瞬間、俺の時間は止まった。 「お疲れ様です。小原先輩っ」 仕事終わりとは思えない爽やかな顔で微笑んでいたのは、まさに天使――いや悪魔だった。 「お、おっ、お前……っ」 小柄な新入社員を前に後退る俺は周囲からしてみれば酷く滑稽に見えただろう。 「お久しぶりです……の方がいいのかな?あ、でも研修の初日に会ってるね」 「な、何してるんだよっ!」 「やだなぁ。先輩を待ってたんですよ。ちょっと落ち着いたんでゆっくり話せるかなって思って」 「俺は話すことなんか何もないぞ!さっさと帰れ!」 「やっと再会出来たっていうのに嬉しくないんですか?俺は超~嬉しいんですけどっ」 「誰がだ!もう二度と会わないって言ったよな?あれは遊びだったんだ!」 「遊び?小原先輩は俺との一夜を遊びで片付けちゃうんですか?悲しいなぁ……。俺、結構本気になりかけてたのに」 しゅん…と俯きながら睫毛を震わせる海斗は儚げで、つい守ってやりたくなる。 だが――騙されるな! この男はウサギの皮を被った野獣だ。 「どの口がそう言うことをいうんだ?路上で男をナンパして、何が本気だ?金が目当てか?このストーカー野郎っ」 偶然とはいえ俺がこの会社にいることは、今の時代ちょっと調べればすぐに分かることだ。 俺が意識を失っている間にあの部屋を物色することだって出来たはずだ。 「冷たいな……。俺、ずっと我慢して頑張ったのに」 何を頑張ったというのだろう。 就活か、はたまた新規のパトロン探しか……。 いろいろと聞きたいと思っているのは俺の方なのに、なぜ素直になれない? 向こうからわざわざそういった機会を与えられているというのに、なぜ拒絶してしまうのだろう。 海斗に粉々にされたプライドはつまらないところでその威力を発揮する。 こういう時こそ、セルフコントロールが大事なのではないか。 「何が我慢だっ!俺はなぁ、お前のせいで……っ」 「あれ?前の恭輔さんはもっと落ち着いた大人だったよね?今は余裕ないって感じ」 「っるさい!それに恭輔さんなんて馴れ馴れしく呼ぶなっ」 彼を振り切るように歩き出した俺だったが、後ろから笑みを浮かべたままついてくる海斗を何度も振り返った。 「ついて来るな!」 「え~!だって心配だもん」 「お前に心配される筋合いはない!」 帰宅ラッシュを迎えたオフィス街の歩道を声を荒らげながら駅へと急ぐ。 すれ違う人々が何事かと振り返っては俺たちを見る。 こんなことなら完全無視を決め込んでさっさと逃げれば良かったと後悔するが後の祭りだ。 「恭輔さん!」 「来るな!それ以上近づいたら殴るぞ!」 「俺、殴られてもいい。だから話だけさせて」 「話すことなんかない!」 駅前の交差点を渡り、ロータリーを横切るように駅へと向かう。 隣接する商業ビルの入口から入り、人通りの多い場所をあえて選びながら歩いた。 こうすれば海斗をまくことが出来ると考えたからだ。 改札を抜ける前にもう一度後ろを振り返る。彼の姿はない。 ふぅ~っと息をつきながらカードをかざして自動改札を抜けると、迷うことなくホームへと階段をかけおりた。 電車を待つ人々を慣れた足取りでよけながら比較的人の少ない場所にたどり着くと足を止めた。 「――なんなんだよ、アイツは」 吐き捨てるように呟いてはみたが、彼の寂しそうな眼差しが脳裏を掠める。 ぶるぶると頭を振って、記憶にガッツリと刻み込まれた天使の寝顔を払拭する。 その時、電車の入線アナウンスが流れホームがざわめき出した。 (早く帰りたい……) その一心で視界に入ってきた電車のライトに目を細めた時だった。 いきなり背後から二の腕を掴まれ、もの凄い力で引き摺られていく。 驚きと恐怖に抗うことも出来ないまま、電車の轟音と共に俺は多目的トイレに連れ込まれていた。 「離せっ!」 わけもわからずに腕を振って身を捩る俺を後ろから羽交い締めにした手がトイレに鍵をかける。 扉の外では電車が到着した旨を伝えるアナウンスといくつもの靴音が響いている。 「離せって言ってんだろ!警察呼ぶぞっ!」 低い声で凄んでみせたが、相手は全く怯む様子がない。それどころか俺のネクタイを器用に引き抜いて、それを目隠しのように顔に縛り付けた。 「おい?なに…するんだよ!」 続いて、視界を奪われた俺の両手を頭上に捻りあげて手首を布で縛られてしまった。 こうなるともう嫌な予感しかしない。 何か良からぬ犯罪に巻き込まれた。あるいは――これだけは考えたくはなかったが性的な暴力を振るわれるのではないか、と。 しかし、俺は見るからにバリタチで相手を受け入れるという顔じゃない。 いや待て。かなり鍛えられた痴女という可能性も捨てきれない。 いずれにせよ、両手の自由を奪われ、目隠しをされた俺に反撃のチャンスはない。 「おいっ!こんなことして許されると思ってんのか!犯罪だぞっ」 相手は何も言わない。ただ視覚を奪われたぶん別の感覚が研ぎ澄まされていく。 すんっと鼻を鳴らすと爽やかな男性用の香水が香った。 (男……か?) さっきの腕を掴んだ手といい、引き摺られた力といい、女性である可能性は低いと思っていた。 彼――今の段階では男だと仮定して――は、俺の体を後ろから抱き締めるように壁際に移動させると、いきなり前に回した手でベルトを外し始めた。 「ちょ、ちょっと待て!なにやってんだよ!おいっ!」 トイレという密室で俺をレイプしようとする意気込みは分かる。 しかし……だ! 今の俺は恥ずかしながら勃起することが出来ない。 彼が何をもって快楽を得るかにもよるが、一生懸命ペニスを扱いたところで、ふにゃチンは起き上がることはない。 人生を揺るがす精神的なダメージを負った俺を襲ったことを後悔するがいい……。 ――なんて、偉そうにしてはいるが、何より恐怖を感じているのは、彼から発せられるであろう冷酷な一言だ。 「なんだ。勃たねーのかよ!」 その言葉で俺は違った意味で昇天する。 ここ数ヶ月で何とかここまで癒してきた傷を鋭利な刃物で抉られるほどの苦痛。 それだけはイヤだった。 「やめっ……やめて、く、ださ……ぃ!」 気付かれたくなくて、急に下手に出た俺を不審に思ったのか、彼は恐る恐る探るように寛げられたスラックスの前から手を差し入れた。 「んぁ……」 下着越しではあるが、他人の手で触られていることに嫌悪感を感じる。 節がはっきりとはしているが、そう大きくはない手……。 その手が萎えたままの愚息を下着の上から形をなぞるように撫で上げる。 ムズムズとはするが快感には程遠い感覚に、目の前にあるであろうタイルの壁に縛られた両手を押し付けた。 ひんやりと冷たいタイルと異常なまでの消毒薬の匂い。 うっすらと湿っているところをみると、清掃して間もないようだ。 彼の手が次第に不信感を抱いていく。いつまでも反応しない俺に気づいてしまったようだ。 「――もう、分かっただろ?俺はEDなんだよっ!自分でしても勃たないんだから、アンタじゃ到底ムリだよっ」 恥を承知で思わず口にする。 人間、窮地に立たされると恥も外聞もかなぐり捨てて開き直れるものらしい。 背後で息を呑む音が聞こえた。 このまま諦めてくれればそれに越したことはない。 しかし、彼は俺の予想を遥かに上回った行動に出た。 いきなり下着を膝まで引き下ろすと、腰を掴んで引き寄せたのだ。 そうなると体は自然と前屈みになり、尻を突き出す格好になる。 (まさか……) どうやら彼は自らの快楽を得るために強行手段に出たようだ。 背後で忙しなく外されるベルトの金具音とファスナーを下ろす音がやけに大きく聞こえた。 「お…おい。まさか……だろ?」 無防備に晒された臀部を鷲掴む両手。その手は冷たくて、全身に鳥肌が立った。 尻たぶを掴まれて他人に見せることのない場所を彼の目に晒す。 ヒヤリとした空気が後孔に触れ、俺は身を震わせた。 「やだ……やめ、ろ」 その瞬間、蕾に押しあてられたのは硬いチューブの先端のようなものだった。 「あ……やだっ」 ぐりっと容赦なく突き込まれ冷たい液体を中に注入される。 「ひゃぁぁっ」 粘度のある液体が体内に入り込み、その冷たさに変な声が出てしまった。 チューブを絞り出され容器が離れると、次は彼の指がつぷり…と侵入を開始する。 「やだ……やめろ!抜いてっ」 海斗に初めてを奪われ、プライドを酷く傷つけられたその場所に見も知らぬ男の指が入っている。 指が円を描くように中で動かされる度にクチュッと小さな音を立てる。 EDの治療で何度か医師に前立腺をマッサージされたことがあったが、それは治療の一環だと割りきれたところがあった。しかし、今は違う。 彼の指は執拗に後孔に抽挿を繰り返す。 「ハァハァ……」 痛みはなかったが異物感は歪めない。 ここ最近、医師以外にそこに何かを入れるということがなかったせいだ。 そもそも!ここは排出器官であり、何かを入れる場所ではない。 過去に酷い言葉で攻めながら自分のモノを相手の後孔に突っ込んでいたことを思い出すとなぜか吐き気が込み上げてくる。 いざ自分が犯られるとなると恐怖しかない。 そう考えると意識を失わせてくれた海斗に感謝すべきだろう。 「――思った以上に柔らかい」 くぐもった声が聞こえて、彼が初めて声を発したことに気づいた。 一度引き抜かれた指が再び入ってくる。その太さに息を呑んだ。 「二本……余裕」 中で指をバラバラと動かしながら更に奥へと進んでくる。 「ん……ぁあ、やめ、ろ!」 「お尻の孔、ぐちゃぐちゃかき回されるの気持ちいい?」 「やだっ――抜いて、くれっ!」 「もうトロトロになってるよ?指よりもっと太いの欲しいんじゃないの?」  耳元で余裕ない息遣いと爽やかな香りが揺れる。  彼は俺の背にぴったりと体を押し付けて、自分のイチモツをひたっと俺の割れ目に押し当てた。 「ひぃっ!」  喉の奥で小さく叫んだ。見なくても触れなくても分かる……。  彼のイチモツはかなりデカい!  一瞬ではあるが海斗のモノが脳裏に浮かび、顔に似合わず凄いモノを持っていたと記憶を巡らせる。  突っ込まれた瞬間の記憶しか残ってはいなかったが、あり得ないほどの激痛が走った事を思い出して身震いする。  自ら快感を得られない状態でこんなデカいモノを受け入れたら、ただ苦痛を味わうしかない。 (怖い……)  恐怖で膝が小刻みに震え始める。露わになったままのペニスは縮んだままピクリとも動かない。 「嬉しくて震えてる?」  ブンブンと音がするほど首を左右に振って、俺は見えないながらも肩越しに彼の方を振り返った。 「い…やだ。も……許して……」  掠れた声はもはや空気が漏れているだけのもので、彼に聞こえたのかどうかは分からない。  奥歯がカチカチとなり、唇は乾ききっていた。 「ごめん…さぃ。やだ……ゆる……してぇ」  目尻から涙が溢れ、ネクタイの隙間を伝って流れ落ちた。  嗚咽をこらえながらなんとか最後の願いを言葉にする。  この俺が泣きながら許しを乞うなんて――絶対にあり得ないんだぞっ!  自棄になって叫び出しそうになった時、尻たぶを掴む手に力が入った。 「――う、うぅ」  低い呻き声のような声に、俺は動きを止めた。  彼はやわやわと指で尻たぶを捏ねるようにしながら、長大なペニスの先端を俺の後孔に押し当てた。 (もう、逃げられない!)  激痛と衝撃に備えてグッと奥歯を食いしばった。  その時――。 「――うあぁぁぁ!もう我慢できないよぉ~!恭輔さぁ~んっ!」 「あ?」   聞き覚えのあるその声に俺の体の力が一瞬だけ抜けた。  その直後、後孔に鈍い痛みを感じると同時に目の前が真っ白になった。

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