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【3】03

インターチェンジを降り、そこから更に細い道をいき、背の高い木々しか見えなくなったころ先にあった一軒の家の前で、ようやく車が停まった。高岡さんは簡潔に旅の終わりを告げる。 「ここ」 それは広い庭つきの、二階建ての瓦屋根の家だった。いよいよという緊張感に包まれる俺を置いて、高岡さんは一足先に車を降り玄関ドアを開けていた。荷物を背負って後を追うと、家の中から高い声が聞こえてきた。 「えっ、どうしたの!?」 「……ただいま」 「帰ってくるなら先に言ってよ!」 「んー」 「んーじゃないじゃん分かってんのもー」 玄関先のひらけた廊下には、ストレートの長い黒髪の少女が立っていた。細身でショートパンツから突き出る足は長く、きっとヒールを履いたら俺の身長を越えてしまうだろう。目がぱっちりしていて気が強そうではきはきして、話を聞いていなかったら血縁者とは気づかなかったかもしれない。 「あれ? お客さん?」 彼女が覗きこむように俺へ興味を向けたことで高岡さんはようやく思い出したように振り返り、俺の荷物に手を伸ばしながらついでのように呟いた。 「こっち伊勢ちゃん」 「あ、どうも」 「こっちは妹、亜澄。高校生」 「こんにちはー、兄のお友達ですか?」 「そうです、いきなり来ちゃってごめんね」 「いえいえー。ていうかまずお兄に友達いたんだうけるーぼっちじゃないんだ」 「うるせえ」 女の子特有のからりとした空気で迎えいれてくれたことで肩の荷が下りたそのとき、奥の扉が開き、高岡さんも亜澄ちゃんも神経質な速さで振りかえった。 「……どうしたの亜澄、お客さん?」 小柄な女性が、ゆっくりと廊下を渡ってきた。夕方に近付く時間だが、女性は今起きたばかりのようでパジャマの上にカーディガンを羽織っている。 その人と眼があったとき高岡さんの表情がすこしこわばったのを、俺は見逃さなかった。 「……拓海?」 「ただいま。寝てなくていいの」 「大丈夫よ……でもどうしたの急に」 「いや、最近帰ってなかったから……急にごめん」 会話はぎこちなく、久しぶりに再会した親子とは思えないほどざらついた空気がまとわりついている。高岡さんは気まずい時、鼻の頭をこする癖があるのだ。母親を目の前にして、無意識のうちにその癖を実行してしまう高岡さんはただ不器用なのだろうか、それとも。 家庭についての問題は自分と他者という極端な線引きがある以上、容易に踏み込めるものでない。しかしつい勘繰ってしまう。悪癖を振りほどこうとしたとき、お母さんと目が合った。 「そちらは……?」 ぴりりと背筋が緊張した。事前に清水に相談して「必要以上のことは言わなくていいんじゃないの」「あんまでしゃばんのもめんどくせぇし」「そもそも高岡さんの家族だって息子が男と付き合ってるなんて知らないでしょ」という助言を参考に挨拶の言葉を決めていたのだ。俺は深く頭を下げ、口を開く。 「すみませんおじゃまします! 拓海さんの大学の後輩で拓海さ」 「後輩って言うか、俺の恋人の伊勢ちゃん」 空気が止まった。 句読点の位置まできっちりと、頭に思い描いていた挨拶を自動手記的に発する俺を、高岡さんはとんでもない一言で遮ってしまった。真っ白になった俺、目を丸くしている亜澄ちゃん、そしてお母さん、その脇で、高岡さんは何事もなかったように俺の荷物を持ち上げる。 「俺の部屋二階だから、荷物置いてくる」 そして爆弾をしかけた張本人は、さっさと階段を上がっていってしまった。気まずい三人が取り残され、それぞれがそれぞれの反応を伺っている。さらに強張り乾燥した空気がつきささって、俺は顔をあげられなくなってしまった。

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