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【3】09
「ちょ……!?」
「あーなんだ、寝てんのかと思った。ベッド嫌みたいなこと言いながらすっかり落ち着いてんな」
「い、嫌とは言ってないですけど!」
ベッドにもぐりこんだ俺はあろうことかそのまま眠りにおちてしまったらしい。耳元に風を感じて目を開けると、髪を半分濡らしたままの高岡さんが覆いかぶさって息を吹きかけていた。目を見開いて硬直する俺を高岡さんは起きていたものと判断したらしい。
「風呂あいたよ、入ってくれば?」
「……いや、俺最後でいいですよ」
「母さんはもう入って先に寝てるよ。亜澄は友達んち泊まり行った」
「えっ、この時間から? わりと自由なんすね」
「まあ、父さんがいたら絶対怒られてるし、普段は母さん置いて出かけたりしないし、たまにはいいんじゃねぇの」
なるほど、階下は電気も消えすっかり静まりかえっていた。夕飯の匂いが冷えた空気に張り付く廊下を渡り、音を立てないよう脱衣所へ入って服を脱ぐ。
「どうやってつかうんだこれ……」
ところが、裸で向き合った浴槽とシャワーは自宅のものとも実家のものともタイプが違った。湯を出すにも勝手が違うので戸惑ってしまい、コックを手当たり次第触っていると、突然背後の扉が開いた。お母さんか亜澄ちゃんか、焦ってとりあえず下半身を隠す俺の前に立っていたのは、高岡さんだった。
「び、びっくりした!」
「シャワーの使い方説明してなかったなと思って」
「ありがとうございます……いやでもなんで高岡さんまで脱いでるんすか」
「俺も入りなおすわ」
「なんで!? ばかじゃないの!?」
「なんで?」
「いや……いやいや、ないでしょ。男二人で風呂入るとかないでしょ」
「なくないだろ。何回かしたことあんのにいまさら」
「いや、だ、だって環境が違うじゃないですかどーすんすかいきなりお母さん起きてきたり亜澄ちゃん帰ってきたりしたら」
「ないよ」
あっさり言われてしまったら、本当にありえないことの心配ばかりしているような気になってくる。一緒に風呂入ってるからなんなの? なにかあると思ってんの? とでも言い出しそうな目に反抗できないうち、シャワーの使い方を教えてもらった。そうなればもうなにも気にしていませんという代わりにがしがし髪を洗うしかない。そのまま身体も洗い、泡を流して浴槽を見ると肩まで湯に浸かって落ち着いている高岡さんがいた。
「どいてください」
「なんで」
「俺の入るとこがないから」
「俺の股のあいだ空いてますけど」
「もーほんといい加減にしてくださいよ俺そんなことしにここに来たわけじゃ……っ!」
「あんまでかい声出すと母さん起きるよ」
唇を噛んで仁王立ちする俺に比べ、高岡さんの表情は変わらない。返す言葉を探しているうち高岡さんの視線がするする下がっていって、ちょうど目の前の高さにある股間をガン見された。本当に勘弁してほしい。
「……ほんとタチ悪い人ですよねあんた!」
「いらっしゃーい」
迎えられるまま股のあいだに座って、高岡さんに背中を預ける。情けないことに、熱い湯に浸るとじんじんと身体があったまって、威勢などすぐ消えてしまった。落ち着きはじめた俺の耳元に、低い声が響く。
「俺が最初に風呂入ろうとしたタイミングで母さんがじゃあ寝るからって言いに来てさ、そのときに伊勢ちゃんの話してて」
「え、なんすかそれ……どんな話してたんすかまじこわいんだけど……」
「なんで怖いの」
「いやーだってもう絶対無神経なことしたし怒ってるんでしょ俺追い出されるんすかね」
「いや、悪いことは言ってなかったよ。むしろ……」
「え?」
「…………伊勢ちゃんはすげーなー」
「は? ……ぅあ」
脈絡のない言葉に戸惑った瞬間、高岡さんの指先がするすると脇のあたりを撫で始めた。くすぐったさに耐えきれず身をよじるとすぐ腕に上半身を捕えられ逃げられなくなった。
「な、なにしてんすかいきなり……」
「あーやっぱ伊勢ちゃんの肌きっもちーなー」
それまで話していたことなど忘れてしまったように、高岡さんの吐息に熱がこもりはじめる。どうしてこう唐突なんだろうか、と冷静に考える暇もなく、湯の中の手のひらが胸のあたり、腰、太ももの内側などつるつる滑って、きわどいところを通り過ぎると息がつまる。自由な指はついに、湯の中で胸の先端を弄びはじめた。ついでにくちびるは、うなじに吸い付かせて。
「や、やめてくださいよ……っ」
「いいじゃん」
「ちょ、ほ、ほんとに……だめです」
「なんで」
「お母さんが起きたら……!」
「まだ言ってんのそれ、静かにしてたら起きることなんてないって」
「ちが……ここだと……」
「うん?」
「こ、声響くし、おさえられないから……」
すると、何を言ってもどんな抵抗をしても言うことを聞いてくれなかった高岡さんの手が、すんなりと離れていった。予想外、と言えるほど素直な反応に驚いて振り返ると、高岡さんはにんまりと笑っていた。
「じゃ、部屋でしようね」
しまった、罠にかかった。あーもうなんでこんな単純な罠に。今さら後悔したところで、さっさと立ち上がり浴室を出ていく高岡さんを止めることはできないのだった。
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