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【3】12

「久しぶりだな」 「……お久しぶり、です、先輩」 拓海、と、俺にとってはほとんど馴染みのない、親しげな呼び方が鼓膜を焼く。 声をかけられた高岡さんは、すぐに立ちあがりその人と目線を合わせて背を伸ばした。抱えられた少女の、すんすんと鼻をすする声が街角を寂しくさせる。取り残されたように感じてしまうのは、きっとそのせいだ。 「拓海、今このへんに住んでんの?」 「いや……大学は県外で、この連休でたまたま実家帰ってきて、今日は買い物に……」 「あーそっか、お前まだ大学生か」 「そうですね……留年もしたんで」 「しかも留年かよ。なんでだよ、お前頭いいのにな」 「出席日数足んなくて……」 「はは、その理由拓海っぽい」 くりかえされる「拓海」は先ほどよりずっと穏やかな調子で、ひねくれた俺には甘えているようにさえ聞こえた。思わず眉に力が入って、その微かな変化に気付いたらしい『先輩』は、少女を支えながらあやすように屈伸し、その反動に合わせて俺の顔を覗き込んだ。 「どーもこんにちは」 「ど、どうも」 「拓海の恋人?」 さらりと向けられた質問にぎょっとした。普通に男二人で歩いていただけ、普通なら『友達?』や『後輩?』と聞くべきシーンだ。高岡さんは、静かに口を開く。 「……そうです」 「へえー」 『先輩』はにやついたような、微笑ましそうな、不思議な目で俺を見る。居心地が悪くなる。きっと『先輩』は、『普通』ではないのだろう。高岡さんは、隣で不審感を募らせる俺に気づいたのか、話題をそらすように何気なく、しかし確かに核心に触れた。 「先輩は、その子は」 「ああ、うちの長女。かわいいっしょ? 結婚したのよ、三年前に。若くして結婚なんかするもんじゃねぇぞおー、飲みにも遊びにも行けねぇしなー」 けらけらと笑う『先輩』の声が響く。顔なんか見なくとも、横にいる高岡さんが動揺しているのが分かる。 「すいません、俺もう行きます」 「ああはい。じゃあねぇ」 「失礼します」 『先輩』はひらひらと手を振っている。抱えられた少女は父の肩にぐしぐしと顔を押しつけながら、ちらりとうかがうように俺たちを振り返っていた。 「行こ、伊勢ちゃん」 その様子に目を奪われていた俺は、高岡さんに強引に肩を抱かれ方向転換させられた。横目で見上げた横顔はいつも通りだった。普通で、いつも通りで日常で、だから気味が悪い。 「亜澄に言われたやつなんだっけ、買いに行かなきゃな」 「ああ、そうですね。メモに書いてくれたやつ」 「あんな適当なメモ渡されたって分かんねぇよなあ」 「そーすね」 「どこで売ってるのかとかもよく分かんねぇしなあ」 「はぁ……」 「そもそも亜澄はさー……」 「高岡さん、さっきの人って」 「……あー……先輩、高校の」 「仲良かった人ですか?」 「んー……まあ……」 「あの、なんか、前に話してたこと急に思い出したんですけど」 「……」 「高岡さんって高校時代、一番仲良かった先輩が、ゲイだったんですよね」 「……」 「こっからは推測なんですけど」 「……」 「その人って、今は結婚して子供もいるんですかね」 高岡さんは答えなかった。歩く速度がすこし、速くなった。問いには答えられたも同然だ。 なぜこんな不躾な聞き方しかできないのだろう。理由は明白だ。俺は嫉妬している。さきほど小さな女の子を抱えていたあのひとは、きっと高岡さんの行く先のない感情を誰より先に掘り当てた人だ。

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