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【3】16

力んだ言葉が重い余韻を残す。高岡さんの丸い目の中心で俺はずいぶんとぼけた顔をしている。一世一代の告白みたいなことをした直後だって言うのに。 「伊勢ちゃん今、俺のこと好きって言った?」 「言いましたよ。……そんなに変な言葉じゃないでしょ」 「自分の耳疑っちゃったんだけど」 「どういう意味ですか!」 恥ずかしくなって声を上げたら高岡さんが笑いながらもたれかかってきて、そのままベッドに押し倒された。しかしそれは色気を含んだものではなく、ベッドの上で重なるように寝転び胸に額を押し当てる高岡さんはむしろ子どものようだ。胸に沈むやわらかな髪を撫でながら足を絡める。 「あの人は学校の先輩なんですか? 部活とか?」 「……いや、俺部活はすぐ辞めちゃったから……なんか急に話しかけられて仲良くなった、みたいな」 「つーか部活何やってたんすか?」 「野球」 「え!? うっわぜんぜんイメージにない!」 「だろ? 体育会系のノリがほんと苦手ですぐ辞めちゃったんだよ、家で楽器とか触ってるほうが楽しかったし」 「じゃあ一緒に音楽やってたとか?」 「いや……それも違う。接点もないのにほんとに急に声かけられただけだから」 「ナンパだ」 「ナンパじゃない……」 「でも向こうはやっぱり、高岡さんに興味があって声かけてきたんですよね」 高岡さんは俺の胸元に顔を埋めたまま、ちら、と俺を見た。上目遣いはいよいよ寂しがりの子どもみたいでかわいい。 「なにこの尋問みたいなやつ……」 「尋問じゃないです、話したくなかったら話す必要もないし。……俺も高岡さんのこと色々知りたいんですけど、いざ聞いてみるのって難しいですね、すみません」 「……素直だねぇ」 「珍しいみたいに言わないでください」 「めずらしいっつーか、かわいい。伊勢ちゃんの気になることならどんなことでも答えるよ俺」 ここで経験人数でも聞いてやったらどう答えるんだろう、といじわるな考えが頭をよぎったけれど、当然聞けるわけもなく、指のあいだをこぼれる髪を意味なくもてあそぶ。 「抵抗なかったんですか」 「ん?」 「はじめてするとき」 「あー……どうだろ、なんかよく分かんない間に終わったっつーか……」 「早漏だったんすか」 「アホ。……でも女とそういうことするほうが抵抗あったかもな。小学生の頃友達んちではじめてAV見て引いちゃって、そっからもう全部無理」 「え! わーおっぱいだー、とかテンションあがるとこでしょそこ」 「いやいや、だって自我もなんもねぇようなガキだったんだよ。こんな田舎で鼻たらしながら育ったクソガキからしたらさあ……女って存在自体が未知だし、性欲剥き出しにしてるクラスメイトも生理的に嫌だったし、つーかセックスとかそれ関係の話も全部嫌だった」 「潔癖じゃないですか」 「そうなんだよね実は」 「今その片鱗もないのに」 「いやいや今でもどっちかっつーと潔癖っぽいとこあるんじゃねぇかなって自分では思ってるんだけど。俺が飲み会とかで下ネタにノッてるとこ見たことないでしょ?」 「あー……まあ確かに前はそうでしたよね。二人のときに下ネタ言いすぎてて忘れてましたけど」 「伊勢ちゃんに対しての性欲はめちゃくちゃ強いから」 「うわキモチワル」 さらっと、きもちわるい、と言っている自分に驚いた。高岡さんが俺を、男が男を、好きだと感じて身体の関係を求めることは、この流れの上でもきもちわるいと冗談に出来るくらいに、俺にとって当たり前のことになっているらしい。嫌悪感が少しでもあれば今、抱き合って笑っていられなかった。 「おにーちゃーん、いせさーん、ごはーん」 階下から亜澄ちゃんの声が聞こえ、二人は現実に引き戻される。夕飯はポテトグラタンだった。亜澄ちゃんが「ランニングついでにチーズ買ってきたんだ。ねぇ、足ちょっと筋肉ついたでしょ?」と足を持ち上げながら言って、高岡さんが「知らねぇよ」と一蹴して、お母さんが笑っていた。

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