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【3】17

「じゃ、ちょっと出かけてくるから!」 夕食を食べ終えた亜澄ちゃんは、洗い物を片付けたばかりの濡れた手をがしがし拭いながら言った。ソファに座ってバラエティ番組を眺めていた俺たちは、突然の予定に目を丸くする。 「は?」 「留守番よろしくね、朝ごはんてきとうに冷蔵庫のもん食べていいから。あ、でも牛乳プリンはあたしのだから食ったら殺す」 「またどっか泊まってくんの?」 「うん。昨日行った子の家。迎えに来てくれるって、もうすぐ着くんじゃないかな」 「お前な、どんな仲良くてもあんまり連続で行ったら相手の家族が迷惑……」 高岡さんがめずらしく兄としての真っ当な意見を口にしたちょうどその時、お母さんが廊下から顔を出した。 「亜澄、着替えって持っていくべきかしら?」 「あー、歯ブラシとかパジャマがあればいーんじゃん?」 お母さんはその手に大げさな旅行バックを提げていた。亜澄ちゃんの助言を受けて、「あぁ、そうよね」と納得したように頷き、再び自室へ戻っていく。 「その子の家のおばさん、お母さんの友達で『お母さんも一緒に泊まりに来てよ』ってよく言われてたんだけど、体調が安定しないからずっと断ってたの。でもさっき聞いてみたら『じゃあ今から行こうか』って言われて、急遽」 「……母さんが行きたいって?」 「うん。めずらしいよね、びっくりしちゃった。なんかわかんないけの急に元気になったみたい」 そのとき、二人が示し合わせたように俺を見た。ソファに腰を下ろしやりとりを眺めていただけの俺が、突然注目の的となる。 「な……なんすか」 兄妹そろって意志の強い目をしているので、真顔に挟まれるとなんだか怖い。ガンガンに視線を浴びていると居たたまれなくなり、ちらちらと二人を交互に見ながら答えを待つと、亜澄ちゃんが真顔のままぽつりと言った。 「……なんか伊勢さんってよく見るとカワイイね?」 「な、なんの話まじで」 「よく見なくても分かんだろ節穴かよ」 「アンタは本当に何言ってるんですか」 お母さんの準備が整ったところで、俺と高岡さんは玄関まで見送りに出た。庭先に一台の車が停まっていて、助手席から黒髪の少女が手を振っている。亜澄ちゃんによく似た快活そうなタイプの少女だ、本当に仲の良い友人なのだろう。 「じゃ、行ってきまーす!」 「突然悪いわね。よろしくね。……伊勢さんも急にごめんね、ゆっくりして」 何度も頭を下げながらも、お母さんの表情は晴れ晴れとしている。迎えの車が去っていくと排気ガスと虫の声だけが残った。 「……なんか、二人とも楽しそうでしたね」 「ん、まあ楽しいだろうな。たまにはいいだろ」 肌寒さに耐えかねてリビングに戻り、ソファに腰を下ろすやいなや高岡さんに肩を抱かれた。驚いたときはすでに、唇を奪われていた。 「っ、ちょ!」 「……はぁ……」 「いきなりやめてください!」 「……なんかこういうのいいな」 「何がですか」 「家族の目を盗んで、みたいなやつ」 「なんもよくないですよ」 「すげードキドキする。そっか、こういう気持ちなんだな」 高岡さんはほとんどもたれかかるように俺の耳元に顔を寄せながら、しみじみと呟いた。高岡さんの胸が鳴っていることが、表情からも、唇の熱からも、語尾の震えからも伝わってくる。数分前までは家族がいた、今は誰もいない家の中に、高岡さんの新鮮な発見が染み渡る。 大人になることを強いられた高岡さんが忘れていったものは、まだこの家のあちこちに散らばったままなのだと思う。 「伊勢ちゃんいい匂いする、すごい興奮する」 「……そ、すか」 「…………いい?」 「に、二階の部屋でなら……」 そして俺は忘れ物を拾い集める行為を、手伝ってあげてもいいと、手伝わせてもらいたいと思っているのだ。だから熱っぽい表情を寄せたまま、ねだるように囁くのは禁止。妥協案しか出てこなくなるから禁止、もう絶対禁止。

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