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【3】19

翌日は澄んだ空気が鼻孔に染みる爽やかな快晴だった。朝の山中は甘い匂いがする。 「おにーちゃーんお線香どこー!?」 「あー? お前が持ってきたんだろ」 「あら、私さっき数珠と一緒に入ってるのを見たわよ」 「あーあれですよ高岡さんに渡したかばんの中」 「あ、これか」 「ほらあやっぱお兄じゃん!」 車も通れない細いけもの道を登った先の霊園へ行った帰り、ゆるやかなくだり坂を歩いているとふいに亜澄ちゃんが振り返った。 「お兄たちこの後はどうするの?」 「ああ、墓参り終わったらすぐ帰るつもりでいた」 「あらそうなの? もっとゆっくりしていけばいいのに」 お母さんの寂しげながら穏やかな口調の前で、俺は思わず頭を下げる。 「すいません、俺、今晩バイトがあって……」 「まあ。これからお仕事なの? 頑張るのね」 「えー誰かに代わってもらうとかできないのー?」 「伊勢ちゃん、もともとこの数日バイト入ってたんだよ。俺が無理行ってついて来てもらったけど、やっぱり全部は代われなかったらしい」 「じゃあお兄のせいじゃん」 「そうだよ」 足場の不安定な道をおぼつかない足取りで歩く先に、慣れた足取りの高岡さんと亜澄ちゃんがいる。二人の小競り合いを追いかけ前のめりになる俺を、お母さんの声が引き戻す。 「大変ねぇ。無理させちゃったわね」 「いや、俺もどこかで挨拶させてもらいたいと思ってたんで。これからもよろしくおねが……」 ほとんどを口にしてしまってから、その挨拶が正しいのか、ふと疑問を抱いた。顔を上げると案の定、終始を目撃していた高岡さんが振り返ってこちらを見ている。 「……なんすか」 「別にー」 高岡さんはにやついた表情のまま再び前を向き歩き始めた。何か言いたいことあんなら言えば、と条件反射のように毒づきたくなる俺の耳に、お母さんの声がまたそっと響く。 「ね、伊勢さん」 「あ、はい」 「昨日ね、お友達のおうちに行ったでしょう。それでお友達と一緒にこいばなしたのよ」 「は、はあ。恋バナですか」 「私の友人も言ってたんだけど、拓海みたいなタイプは甘えるのが下手だと思うのよ。そんな拓海があれだけ伊勢さんのこと好きって言ってるんだから、あそびとかそういうのじゃなくてほんきなのよね」 「え、は? た、拓海さんの話したんすか?」 「そうなの。私の友人も、『拓海くんはその子のことが大好きなのね~』って言ってたわよ」 「っていうかどんな話したんですか……!?」 「ふふ、内緒。とにかくね、拓海は自分の気持ち伝えるのが下手だから大変だと思うけど、本当は伊勢さんのことちゃんと大事にしたいと思ってるんじゃないかしら」 高岡さんは少し前を歩きながら、なんの話をしているのか亜澄ちゃんと笑い合っている。その後ろ姿を見て、改めてこの数日について思い返した。 亜澄ちゃんもお母さんも、出会ったばかりの俺を驚くほど柔軟に受け入れてくれた。自宅や街や言葉の隅々にかつての高岡さんが残っていた。そして街中で出会った男性と少女に足を止めた高岡さんは、過去に引きずられてはいなかった。むしろ現在と未来を思案していたのだった。 「……拓海さんの気持ちはわかってるつもりですよ」 「あら頼もしい」 お母さんは無邪気に微笑んで、さらに心強い足取りでさくさくと歩いていく。高岡さんは俺たちの晴れた表情に気づいて不思議そうな顔を見せる。 「……伊勢ちゃん、何の話してたの」 「別にー?」 冷たい空気を吸い込んで歩けば、肺と胸が膨らんで顔が持ち上がる。自宅に戻り、車に荷物を詰め込んで、表面上は何も変わらないまま大きな変化をもたらした小旅行が静かに幕を下ろしていく。

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