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第3-2話ミカルの狙い

 苦渋の選択を告げた俺へ、ミカルが爽やかな微笑を浮かべる。 「ありがとうございます! では早速──」  おもむろにミカルは襟を緩め、首筋から肩口の肌を俺に晒した。 「これからは私の血を差し上げます。どうぞお好きなだけ……ああ、でも、死なぬ程度に加減をして下さい」  健康的な青年の血。吸血鬼になってからというもの、その甘く芳純な味わいに何度酔いしれたことか。  寝起きに加えて、ここ数日はミカルを含む退魔師たちに追い回され、疲弊し続けてきた。いつになく体が飢えを覚えてしまう。  目前にいる憎き者の血でも構わない。赤い息吹を取り込み、体と心を満たしたい。そう本能が望む反面、コイツなんかの血を取り込みたくないと理性が嫌悪する。  これからミカルの血で生かされ続けるのか、俺は。  屈辱を覚えながらも、少しでもこの男の力を削ぐことができれば、魔の者たちのためになるだろうと考え直す。  鈍い動きで俺はミカルに身を寄せると、白く滑らかな肌へと噛みついた。 「ぅ……っ……ふふ、話には聞いていましたが……クセになりそうですね」  熱く蕩けた生命の水を俺に吸われながらミカルが囁く。  吸血鬼に血を吸われている間、その者には濃密な快感が与えられる。  愛する者と性交するよりも体の芯が疼き、身も心も溶け、己が消えてしまいそうなほどの快感。俺も吸血鬼にさせられた時に味わった。  普通の人間ならば理性を保つことなどできない。過ぎた快感に体が耐えられず、遅かれ早かれ意識を失う。  しかしミカルは俺の吸血に気絶どころか理性すら保っている。その精神力に驚くと同時に、やはり厄介な相手だと腹立たしくなる。  ふと、ほのかに血の味に別のものが混じっていることに気づき、俺は口を離す。 「なんだ、これは? 花の香?」 「あ……ええ、実は趣味で紅茶に花を加えて楽しんでいるんですよ。最近は自作のバラの花を加えるのが気に入っておりまして。香りが血に混じっていましたか?」  バラという言葉を聞く手前から、鼻へ抜けていく香りの正体に気づいてしまい、俺は顔をしかめてしまう。 「ああ、しっかりとな」 「お口に合いましたか?」 「極上の肉料理に香水をぶちまけられた物を、お前は美味しく食べられるのか?」 「……すみません、それは辛いですね」  俺の不快さがしっかりと伝わったようで、ミカルは頬を掻きながら苦笑する。 「バラは魔を退ける花。その力の恩恵を受けたくて、茶として嗜んでおりましたが……まさか血にまで浸透しているとは思いませんでした。カナイに致命傷を与えるほどですか?」 「いや、そこまでではないが……」 「ではこれから慣れて下さい。私は今の力を保つ必要がありますので、嗜むことをやめる訳にはいきません。多少不味いほうが、飲み過ぎの防止になりますし」  ……お前の『すみません』が、どれだけ軽いものかよく分かったぞミカル。  食事を与えられるだけマシなのは分かっている。  それでもこれはミカルなりの拷問なのかという気すらしてしまい、俺は口を閉ざしながら、恨めしさを乗せた眼差しを送り続けた。

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