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第4話借り物での偵察

   ◇ ◇ ◇  バラの香を宿した血をもらった後、俺は「体の調子が悪くなった。寝させてもらうぞ」とミカルを部屋から出し──まだ話したそうだったが──眠りについてしまった。  ミカルの血を口にして、思いのほか体が脱力して辛さを覚えたこともある。  しかしそれは、本来なら眠りにつく時間に活動する力を蓄えるための口実だった。  朝日が昇り切った頃に俺は目覚め、寝すぎて気だるさを覚える体を起こす。  ありがたいことに窓を遮るカーテンの生地は分厚く、ささやかに外が明るくなったことが分かる程度。  俺たち魔の者は日に当たって生きられぬ体ゆえに、昼間はほぼ活動しないと人間は考えている。実際に該当する魔の者はいる。  しかし俺やヒューゴなど、ある程度の力を持つ者ならば、直接日の光を浴びなければ昼間でも活動できる。夜のほうが力はみなぎるが、戦うことがなければ昼に起きていても問題ない。  人が昼間に睡眠を多く貪れば、夜に目が冴えて活動的になる。それは魔の者になっても同じこと。  昼間に俺は動かないと考えているだろうミカルの隙を突き、ここから脱出するための材料を探す。そのための行動だった。  両手は封じられたままだが足は自由なまま。  俺は寝台から体を起こし、まずは出入り口の扉へと向かってみる。  開くことを期待せずに扉を肩で押してみれば──パチッ、と小さな稲妻が走り抜けたような痛みと痺れが広がる。案の定、俺が部屋から出ないようにと結界が張られていた。 「フン……当然か。この調子なら窓も同じだろうな」  忌々しく思いながら分厚いカーテンの所まで行き、端を肩で押して窓を覗く。  完全に外は明るいが、木々の影で直接日が入ってこない。随分とうっそうとした印象だが、よく見れば草木は手入れされている。  まさか俺をこの部屋に閉じ込めることを見越して木々の枝を伸ばし、重なり合わせたのか? 俺専用の寝台を作らせるくらいだ、充分にあり得る。  俺が人であれば、心から迎えようとしていることに喜ぶ──いや、人であったとしても、行き過ぎた歓迎だ。庭は感動するかもしれないが、寝台はやり過ぎだ。  いったいあの男はどこまで俺のことを把握している? 本当の狙いはなんだ?  少しでも実情を知りたくて、俺は行動に移す。  窓の外をじっくりと眺め、木陰に咲く小さな黄色い野バラに戯れる蝶へ目を留める。  軽く魔力を込めて視線をぶつければ、あっさりと蝶は花を離れて窓辺へ飛んできた。 「力は使えるのか。部屋で暴れても構わないということか……まあいい。利用できるだけやらせてもらおう」  俺は口端を引き上げて目を閉じ、額に意識を集中させる。  ──ピィン。頭の芯に青白い閃光が走り抜けていく。  次の瞬間、まぶたの裏側に外の景色が映り出す。  窓に顔を向けながら、目を閉じる私の姿──これは蝶の視線。  俺は魔力で動物を操り、視界を借りることができる。  だから部屋に閉じ込められたこの状態でも、外の状況を調べることは容易かった。

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