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第5話私邸の様子

 まずは蝶を高く飛ばせて屋敷の全体像を見てみる。  小高い丘の上に建てられた、白壁が美しい屋敷。ぐるりと手入れの行き届いた庭に囲まれており、さらにその周りはまばらに木が生え、坂が終わる辺りから民家がちらほらと見えた。  全体的に手入れはされているようだが、景観を守っているだろう庭師が見当たらない。  建物の裏側にある庭では、薬に使うだろう草花が育てられている。  あまり植物のことは詳しくない。草に関してはどれも同じようにしか見えない。  花が咲いているものもあるが、小さく密やかに咲くものや、色合いが薄い黄緑で草と同化しかけているようなものが多く、観賞用としては地味だ。  そんな中、裏庭の壁伝いに植えられた色とりどりのバラは見事だ。  大輪を咲かせ、見ているだけでその芳香が漂ってきそうだ──ミカルの血の味が口の中へよみがえり、思わず俺は顔をしかめる。  バラは駄目だ。魔の者にはやはり毒だ。想像しただけで脱力感を覚えてしまう。  眉間に力が入り、閉じたまぶたがヒクヒクと引きつる。これは視界に入れないほうがいい。  私は蝶を裏庭から移動させ、わずかに開いていた窓から私邸内へと侵入させる。  二階建ての大きな屋敷。使用人が数名いてもおかしくないはずだが、中も人の気配がない。その割には掃除されている。  まさかミカル自身が掃除も庭の管理もすべてしているのか? いや、そんなはずはない。退魔師の中で一番の強さを誇る男だ。協会から頼られているだろうし、自分の腕を磨くことも忘れていないだろう。少なくとも一日を住処の掃除で終わってもいい人間ではない。  この状況は何かがおかしい。  そう思いながら屋敷一階の中ほどまで移動したその時、 『ミカル様、本当に吸血鬼と住まわれるんですかぁ?』  やけに訛った老婦人の声。  気づかれぬよう低く飛んで近づいていけば、臙脂の絨毯が敷かれた廊下の上で立ち話するミカルたちを見つけた。 『ええ。そのために今までやってきたようなものですからね』 『けんど心配ですわぁ。ミカル様にもしものことがあったら……』 『私は大丈夫ですよ。それに貴女も……魔の者は昼に活動できませんから。これからは昼間だけ屋敷のことをして、やるべきことを終えたら日が沈む前でも帰っても構いませんので』 『そうですかぁ。アタシの負担が減ってありがたいですわぁ。ミカル様の言葉、忘れませんからねぇ』  小太りな白髪交じりの召使いの老女に、ミカルは紳士的な態度を崩さずに応対している。  吸血鬼と同じ屋敷内にいるというだけで、恐怖し、逃げる者は少なくない。しかしミカルを信じているのか、老女の態度はなんとも緊張感がない。

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