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第7話分かり合うために

   ◆ ◆ ◆  昼間の活動はそこそこにして、俺は眠りについた。  どんな生物でも活動時間外に動けば体に負担がかかる。それは魔の者であっても同じだ。  いったいどれだけ捕らわれ続けるのか分からない現状。  すぐに自由を得られるとは一切期待せず、長い目で逃げる好機をうかがうことにする。  どうやらミカルは本当に俺を始末せず、この屋敷でともに過ごす気らしい。  少なくとも即座に始末されることはない。ならば体力を温存し、逃亡の好機に備えたほうがいいと割り切ることにした。  眠りの闇を漂う中、紅茶の芳しい匂いが俺に目覚めを促してくる。  ゆっくりと目を開いて体を起こせば、ミカルがテーブルの上に優雅に花開いたようなカップを二組並べ、湯気を立ち昇らせながら注いでいる最中だった。 「おはようございます。よく眠れましたか? 寝台の寝心地は? 何か不便な所があれば教えて下さい。しっかりと対処しますから」  夜だというのに、ミカルは昼間の太陽の如くな笑みを浮かべる。  敵意も不快さも一切感じさせない、それどころか嬉々として弾んでいるようにも聞こえる声。やはりこの男の真意が分からない。あまりに不気味すぎて、魔の巣窟よりも混沌とした気配を感じてしまう。 「特に不便はない。強いて言うなら、寝起きにお前の顔を見なければ良い目覚めになったのだがな」 「ふふ、厳しいですね。どうか諦めて慣れて下さい。何度も見慣れれば気にならなくなりますので」  俺からの軽い牽制を、ミカルはにこやかに流す。  絶対に逃す気もなければ、俺に負ける気はしないという自負があからさまに出ている。朝から憎らしい男だ。  憮然となる俺へミカルが手招きする。 「どうぞこちらへ。目覚めの紅茶を飲みながら、カナイの話を聞かせて下さい」 「俺の話? 同胞のことは一切話さんぞ」 「言う必要なんてありませんよ。私が聞きたいのはカナイ自身のことですから」  ……まったく。寝起きからこんな駆け引きじみたことを考えなければいけないなんて、うんざりしてくる。  寝台の上でため息をついていると、ミカルが微笑みをより顔に深く刻んだ。 「お付き合いして下さるまで私はここにおりますし、血の食事もお預けですよ?」 「……」 「日の出を迎えたら眠りの世界へ逃げられるとお思いかもしれませんが、逃がしませんから。添い寝してでも話してもらいます」 「やめろ。俺から安眠という救いを奪うな。もう少し手段を選べ。もっといいやり方があるだろ」  思わず言い募ってしまったが、ミカルの顔はそのままだ。冗談のようで本気らしい。  質の悪さに軽いめまいを覚えながら、俺は寝台を抜け出し、ミカルが招くソファへと腰かけた。

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