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第8-1話カナイの過去

 俺の前に紅茶を差し出すと、ミカルは当たり前のように隣へ座ってくる。  距離が近い。この人の領域へ無遠慮に入ってくるのは性格か? それともわざとか? いずれにせよ虫唾が走る。  両手を封印されていてもカップ程度なら持てる。受け取ってすぐに俺はソファの端へ身を寄せてミカルから体を離し、出された紅茶を口にする。  鼻に抜けていく香りが甘やかで清々しい。紅茶だけは好ましい。 「それで、俺の何を話せばいい? まさか好きな食べ物とか、趣味とか、そんなくだらない話を聞きたい訳ではないのだろ?」 「ああ、それもいつか教えて下さると嬉しいですね」 「……正気か?」 「なんでも知りたいのですよ。貴方がくだらないと言ったことですら、私はカナイのことを知らないのですから」  静かに紅茶をひと口飲み、ミカルが俺に顔を向ける。  唇に優美な笑みを浮かべながらも、その目は真っすぐに俺を見据え、重い気配を潜ませている。どうやら本気で知りたいらしい。  俺は顔を前に向けてミカルから視線を外す。  そして虚空を見つめながら、遠い昔の自分を思い出した。 「俺は見ての通り、この大陸の東方にある島国の出だ。  王を守るために力をつけ、学び、何代も忠誠を重ねてきた名家に生まれたのだがな……権力争いに巻き込まれて、両親は俺が十の頃に毒を盛られて亡くなった。  そして後見人になると言い出した奴に、財をすべて奪われ、後継ぎだったはずの俺は奴隷として売られた。  東方の人間はこっちでは珍しいからな。俺を盛り立てて育てるよりも、売り払ったほうが金になると思われたらしい。それが十四の頃だったな。  始めは可愛い子供だと愛玩動物扱いで、日に何着も服を着替えさせられて面倒だった。  まあ力仕事をしなくてもいい分、楽はできたが……大きくなったらこの顔と体格だ。可愛げなんかあるはずもない。もう用済みだと肉体労働者に格下げられた。  同じ人間のはずなんだがな。俺は人間だった時、人間に苦しめられ続けた。  そんな俺を助けてくれたのは……魔の者だった」  話の区切りに、温くなった紅茶で喉を潤す。  ふと隣を見やれば、真剣な眼差しのままミカルは俺の話に耳を傾けている。  この話の何がコイツの興味を引くのだ? まったく理解できん。  どこか頭の作りがおかしいとしか思えないな、と結論付けてから俺は話を続けた。 「荷物持ちに市場へ連れて来られた時、先代の吸血鬼の王が俺の黒髪に興味を持たれて、夜中に何度も屋敷へ忍び込んで俺を口説きに来られていた。  今の完成された肉体のまま、その素晴らしい黒髪を堪能させてくれないか──あの人は黒を愛でる人だったからな。  最初は怖くて逃げていたが、よくよく考えれば奴隷の所有者が変わるだけ。それなら待遇の良いほうを選ぶだけ。そう考えたから眷属になることを受け入れ、俺は魔の者として生きるようになったんだ」

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