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第8-2話カナイの過去

 ずっと俺の話を聞くだけに専念していたミカルが、ようやく体を前に向けて紅茶をすする。ふぅ、と小さく息をついた後、口元に手を当てて唸った。 「そんな過去があったのですか……もし私も同じ目に遭えば、躊躇せずに人をやめますね」 「お前からの同情も共感もいらん。もしも、なんて話したところで実際はそうじゃない。無意味なだけだ」 「手厳しいですね。でも、まあ確かにその通り」  突き放した俺の言動に嫌な顔せず、ミカルはにこやかに頷く。  俺に少しでも話をさせたいのだろう。余計なことはもう言わないと、笑顔の無言が告げてくる。  どうせ今日言わなくても、明日になれば言わされる。そうであれば口を閉ざす意味などない。俺はそのまま話を続けた。 「眷属なんて、吸血鬼の王の慰み者にしかならないんだろうと思っていたんだがな……あの方は俺を仲間として扱って下さった。知らぬ土地のことも、力の使い方も、歴史も、学問も、幅広く俺に教えて──。  息子だと言って下さったんだ。他の魔の者に会えば、必ずそう紹介してくれた。  同じ吸血鬼も、そうではない魔の者も、俺に対して優しかった。仲間だと歓迎してくれた。  人に利用されるだけの俺が、人をやめただけで受け入れられた。  ミカル。お前は魔の者に人へ戻る道を与えたがっているが、本当にそれを望む者はわずかでしかないと断言しよう。お前たちが思っているより、我らの繋がりは色濃く強固だ。  俺は元人間。しかし人が恐れ、憎悪する魔の者が、救いの神であり居場所になった。この二百年、人の理を失ったことなど後悔していない。  俺は彼らに救われた。  お前たちが追い詰め、始末したあのお方から、俺は自由を与えられた。  すべてを把握している訳ではないが、俺と似たような境遇の者は多い。  果たしてお前の独りよがりな狙いを受け入れる者は、どれだけいるだろうな?」  軽い挑発を仕掛けてみるが、ミカルの様子は変わらない。  柔らかく微笑んだまま「そうでしょうね」と頷く。 「貴方がたの結束が固いことは、これまで身をもって味わってきましたよ。私が人の世界で生きる選択を用意しても、すぐには受け入れてもらえないことも覚悟しています。そもそも協会の人間を説得するだけでも一筋縄ではいきませんし」 「フン。その割には余裕があるな」 「余裕なんてありませんよ。ただの癖です。余裕があるように見せているだけ……今この時も、余裕なんか持てるはずがないでしょう。貴方が相手だというのに」

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