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第9-1話引っかかり
挑発を挑発で返しているのか、それとも別の思いがあるのか。
食えない男だと内心舌打ちしながら、俺は完全に冷えた紅茶を飲み干す。
ふと視界の脇でミカルの頭が揺れる。
思わず俺は身構え、隣を振り向く。
ミカルは上体を捻り、身を乗り出してこちらに顔を近づけていた。
「カナイ、貴方が嘘をついていないのは分かります。貴方の指摘は間違っていない。しかし、少し引っかかりを覚えてしまうのですよ」
「引っかかり、だと?」
「魔の者に救われたと言いながら、貴方は仲間を増やしていない。吸血鬼の王の座を継ぎ、眷属を増やす力を得たというのに……」
一瞬、俺の意識が強張る。
だがコイツに隙を見せまいという意地が、俺を平静に保たせてくれた。
「望まぬ者を強引に仲間へ変えたくないだけだ。魔の者は不老だ。長く生きる中で、延々と恨みを向けられるのは面白くない」
「……そうですか。協会の手から逃れ、対抗していくためには、仲間を増やしていくことは重要だと思うのですけどね」
「裏切りの危険を高めるだけだ。数が多ければいいものではない」
「カナイを裏切る気になれるほど、気概がある者はそういないと思いますが……貴方の剣技は凄まじい。剣を抜かずとも、気配で心を斬る。逆らえないでしょう」
随分と俺のことを高く買っているな、ミカルの奴。
まあそう見られるのは当然か。俺は物心ついた時から東方の剣技を習い、鍛錬を積んでいた。
奴隷となってからあの方に連れ出してもらうまで、剣を握ることはなかった。だが幼き日に身に着けた技は消えず、東方の剣を与えられてからは勘を取り戻し、退魔師たちを幾度となく撃退した。
吸血鬼となって身体能力が格段に上がったことに加え、西方では珍しい剣さばき。魔の者特有の異能よりも、人の時に築き上げた能力のほうが今は俺の強みだ。
不意にミカルが襟元を緩め、白い喉元を俺に見せる。
「試しに私を誘惑して、貴方の眷属にしてみませんか? その気になればできるでしょうし、私を仲間に引き込めば形成が大きく変わりますよ。自分で言うのはどうかと思いますが、私は有能ですから色々と便利ですよ?」
差し出された喉に若干めまいを覚えてしまう。寝起きで空腹だ。バラの香を宿した血だと分かっていても、今は極上の食物だと思えてしまう。
頭の中では、こんな奴の戯れ混じりの話など……と憤慨するのに、吸血鬼の本能が言われた通りにしたいと頭を疼かせる。
ミカルのふざけた提案へ愚かにぐらつきながらも俺は腕を組み、「フン」と顔を逸らす。
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