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第9-2話引っかかり
「お前など眷属にできるか。仲間になったフリをして、俺と我が同胞たちを退魔師たちに売るのだろ? 強固な守りの姿勢を取られた時、内部から崩していくのは常套手段のひとつだからな」
「私を買って下さっているみたいで光栄です。確かに私がその気になれば、この身を犠牲にして貴方がたを追い詰めることはできるでしょうね」
軽く一笑してから、ミカルは身を乗り出して俺に近づく。
「しかし、私の心を掴んでしまえば優秀な手駒になりますよ? 貴方の下僕よりも役立つ駒に……試す価値はあるとは思いませんか?」
なぜだろうか。表情を何一つ変えていないのに、ミカルの眼差しが妖しい。
視界の脇でミカルの様子を捕らえながら、間近になった気配に俺は息を呑む。
人を見抜き切ったような態度。不愉快で仕方がない。
苛立ちのままその首筋に食らいつき、やけ食いするがごとくに血を飲み干し、仮死を与えて眷属に変えることができれば、どれだけ気が晴れるだろうか。
それでも俺は──。
「……誘惑してお前の心をなびかせることができるなら、人のまま利用するだけだ。裏切る心配はなかったとしても、ずっとお前の顔を見続けなければいけない生はご免だ」
「ああ、そうきましたか。嫌われたものですね」
小さく声を出して笑った後、ミカルは俺へにじり寄って間を詰めた。
「そろそろお食事、いかがですか? 飲みたくてたまらないところ、わざわざ話にお付き合い下さり、本当にありがとうございます」
腕がぶつかり合うほどに近づきながら、首を傾け、ミカルが俺へ首筋を差し出す。
刹那、激しい飢えが込み上げて俺の意識が一瞬途切れる。
バラの香りを宿した血。
俺を飢えから救いながら、弱らせる微毒。
本能のままに貪るなどという獣じみた姿を、この男の前では晒したくない。
理性はそう望んでいるのに、心臓の脈に合わせて頭の芯が熱く疼いてたまらない。
ゆっくりと首筋に牙を近づけるほど、視界がチカチカと点滅する。
俺の自我が、本能に屈服する──。
唇が肌に触れた直後、俺は大きく口を開けてミカルへ一気にかじりつく。
息を取り込むとともに肌へ吸い付けば、甘くどろりとした命の証とバラの香が口内へと広がる。顔をしかめたくなるようなにおいも、吸血直後はどうでもいいと切り捨てられる。
紅茶で喉を潤したばかりだというのに、渇きを覚えて執拗にミカルを吸ってしまう。
まるで子猫だか子犬だかが必死に母親の乳を欲しがり、飲み干そうとするようながっつき。
どれだけ反発しても敵の施しに逆らえないこの身が恨めしい。
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