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第56話ミカルがいない理由
「分かってくれたようで何よりだ。ところで戦況はどうなっておる? 駆け付けたのはそなたたちだけか?」
「いえ、腕の立つ魔の者が数名来ております。日が完全に沈むまでは攻めてこないだろうと思っていたのでしょうが、本来の力が出せずとも我らは動けますし、結界を崩せる者がこちら側についたならば、日の入りを待たずともお二人を奪還できると判断しました」
ヒューゴの報告に俺だけが顔をしかめる。
「カナイ様?」
「ヒューゴ……ミカルはどうした? あいつもビクトルとともにこちら側へついた。どこにいる?」
俺がミカルの名を出した瞬間、ヒューゴの顔が強張る。
「いえ、合流していません。彼は──」
「カナイ。これを」
おもむろにビクトルはヒューゴの話を遮り、腰に挿していたものを引き抜いて俺に差し出す。
漆黒の鞘に入った剣。
ミカルが預かっていた、俺の片刃剣だ。
「お前がなぜこの剣を持っている、ビクトル……!」
「ミカルと別れる前に、これをカナイに渡して欲しいと頼まれた」
「別れる? お前たちに何があった?」
「ミカルの私邸から脱出したはいいが、追手がしつこくてな。ミカルが相手にすると言って、俺を先に行かせたんだ」
どくり、と俺の心臓が大きく跳ねる。
ミカルは魔の者を相手にするなら敵知らずだろう。クウェルク様でも苦戦は免れない。
だが人相手となれば話は別だ。
強さはあるが、魔の者には有効な術が人には効かないものが多いはず。
退魔師はあくまで魔の者を退治するために特化した力を持つ者。
人を相手にするとなれば、あくまで肉体の強さがすべてとなる。
決して人と対峙しても、すぐ負けるような男ではない。
しかし何人もの追手に囲まれ、戦うとなれば──。
俺はビクトルから剣を受け取り、即座に立ち上がろうとする。
薬を飲まされたせいで力が入らない。
フラつきながらも歯を食いしばり、どうにか立ち上がりはしたが、小さく膝が震えて情けないものだ。
それでも動かなければと俺が一歩踏み出した時、
「今、ミカルの元へ向かうのは承知せぬぞ、カナイ」
クウェルク様に呼び止められてしまい、俺は全身を強張らせる。
「薬のせいで苦しいのだろう? そんな体で援護に駆け付けても、足手まといになるだけだ。それに……もうやられている可能性のほうが高い。行くだけ無駄だ。それどころか再びお主を捕らえられては、もう手が出せなくなる」
理性ではクウェルク様の話はもっともだと頷き、諦めなければと俺自身を説得してくる。
だが、体は今すぐ駆け出して向かいたくてたまらなかった。
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