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第74話すべては貴方のために

「話せば長くなるのですが……魔の者は元々、ひとりの若者が古の神の怒りを買い、罪を償うために人の理を奪われた、という言い伝えはご存知ですか?」 「い、いや。魔の者に成り立ちなどあると、考えたこともなかった」 「私はカナイと出会ってから、貴方のことを知りたくてたまらなくて、協会が所蔵する本を調べました。敵を知れば弱点を突けると言い張って……そこで古き言い伝えを記した文献を見つけました」  ミカルは梅雨をすくったバラに触れ、そっと花を上に向ける。 「罪を許されるためには、人と心を通わせ、その者が育てた聖なる力を宿す植物の朝露を口にすれば良い──だから私は貴方のためにバラを育て、貴方を捕らえて心を通わせようと足掻いていたんです。魔の者を人に戻す研究とは偽り。私の狙いは、貴方を救うことだけ」 「俺の、ため……」 「はい。理不尽に奪われた私に涙をくれた貴方が、誰かから奪わなくてはいけない苦しさから解放するために──」  ……そうか、見抜かれていたのか。  家を燃やされ、家族を奪われ、途方に暮れている子供へ同情しながら、俺の本能はその血を奪いたがっていた。  あの時に涙を流したのは、見逃すことしかできない自分が悔しかったから。  そして理不尽に奪いたくないのに、奪うことしか許されないこの身を嘆いたから。  不意に俺の胸奥から何かが込み上げてくる。  圧迫感を伴った、鈍い痛み。俺は堪え切れずにミカルの胸元へしがみつき、声を殺して泣いた。  そっと俺の背にミカルの手が置かれ、優しくさすってくれる。 「ここら一帯はもう私の結界が張られ、人も魔の者もここを見つけることはできません。ですから、もう私たちは誰からも奪われることはありません。安心して穏やかに過ごせます……私と二人きりで、しばらくしたら嫌になるかもしれませんが」  そんな訳がないだろう。思わず首を横に振り、言葉にできない俺の本音をミカルに伝える。  顔は見えないが、ミカルからホッと安堵の息をつく気配がした。 「良かった……カナイ、愛しています。どうか貴方のすべてを奪うことを、許して下さい」  ここまでされて許すも何もない。  もう俺のすべてを奪い終えた後のクセに、と頭の中でぼやいてしまう。そんな軽い反発に思わず俺は小さく吹き出してしまう。 「事後承諾も、甚だしいな……ミカル。お前をもらうぞ。その身も心も、これからの生も……すべて俺のものだ」  涙を自分の手で脱ぐいながら、俺はミカルの顔を間近に見つめながら宣言する。  互いに互いを奪う。  それが心地よくできる日が来るなんて。  ミカルは顔を緩ませ、それだけで了承してみせる。  そしてどちらともなく唇を合わせ、互いのすべてを奪った。

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