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第15話 今まで聞けなかったこと
二人は、公園の近くにあるラブホテルへとやってきた。
こうしてラブホテルに来ること自体は、先日と同じである。だが恋人同士になった今回は、気持ちが全く違う。
今すぐにでも、愛を確かめ合いたい気持ちは大いにある。しかし、寒空の下にいた友渕の身体は、冷え切ってしまっている。
「友渕さん、身体冷えてるから……一緒にお風呂入りませんか？」
「う、うん……！」
服を脱いでいく陽一郎の背中に、友渕はチラチラと視線を送ってしまう。
鍛え上げられた背筋、くびれた腰、引き締まった尻。まさに芸術的な肉体美である。
本当はじっくり見てみたい。だが、そのようなことをしてしまうと、既に半勃ちになっている股間が暴発してしまいそうだった。
先に浴室に入った陽一郎は、シャワーのコックを捻り、手のひらで温度を確かめている。
友渕は興奮と緊張と寒さで、プルプルと脚を震わせながら後に続くと、陽一郎が声をかけてきた。
「友渕さん、ここ立ってください」
「う、うん」
「シャワー、かけますね」
「ひょわ……！ あったかい……」
「もっと早く来ればよかった……。何を言われるのかって考えたら、足が竦んでしまって……」
「お、俺が勝手に待ってただけだから……！」
シャワーで軽く身体を流す間、友渕は陽一郎の姿を見ることができなかった。
陽一郎の全裸を直視してしまったら、欲望のままに襲いかねない。冷えた自分の身体を温めるために、陽一郎が提案してくれたというのに、その好意を無碍にはしたくなかった。
二人はお湯を張った広いバスタブに、向かい合わせで入ることにした。
隅の方で体育座りをして身を縮こませている友渕は、相変わらず陽一郎に視線を合わせられない。
「友渕さん、何でそんな隅っこに……」
「お、俺っ！ いま陽一郎くんの裸見たら、興奮して鼻血出そう」
左手で口を抑え、待ったをかけるように右手を突き出す友渕。そんな様子に、陽一郎は驚いたように目を見張ったかと思えば、肩を震わせて笑い出した。
「はっ、ははは……！ やっぱり面白い！ 俺の裸、これからたくさん見てくれるんでしょ？」
「それは、そうだけども……！！ って、え……！？」
顔を背け続ける友渕の頬を、両手で包み込んだ陽一郎。視線が絡み合うと、頬を染めた陽一郎が拗ねたように呟いた。
「あとでちゃんと、見てくださいね？」
「ひぇっ……好き……！」
その陽一郎の様子は、友渕の胸を鷲掴みにした。
ゆっくりと離れた陽一郎は、「ずっと聞きたかったんですが……」と話を切り出した。
「友渕さんのお名前、教えてくれませんか？」
「……おれの、なまえ？」
一瞬何を言われているのか分からないといった様子で、ポカンと口を開けている友渕。
そんな友渕の感情を、上手く汲み取ることができなかった陽一郎は、『変なことは聞いてないよな？』と気まずい気持ちが湧いてくる。
「お付き合いするのに『友渕さん』って苗字で呼ぶのは、少し距離があるかなーって」
「お、俺……直樹 っていいます！！ あれ、名前言ってなかった！？」
「今初めて聞きましたよ、直樹さん。ああ……やっと名前で呼べた」
「くぁ……っ！！！」
嬉しそうな様子で自らの名前を呼ぶ陽一郎に、友渕は両手で胸を押さえる。
「直樹さん！？」
「はぁっ、はぁっ……！ 陽一郎くんが、俺の名前呼んでくれてる……っっ！！」
「そんなに喜んでもらえるなんて。ずっと直樹さんのこと、名前で呼びたかったんです」
「俺も、名前で呼んでほしかった……！ 伝えてなかっただけなんて、俺はアホすぎるだろ……」
友渕としては、初めて名乗った時にフルネームを伝えていたつもりだった。
友人の片岡が、推しと仲良さげに名前で呼び合っている話を聞いては、『自分は陽一郎に名前で呼ばれるほど、距離が近くない』と勝手に落ち込んでいた。
元を辿れば、自分が名前を伝えていなかったから、呼びたくとも呼べないというだけだった。
「でも、付き合ってから名前聞けるのも、特別感があっていいですね」
「陽一郎くん〜〜〜〜！！」
笑顔でフォローを入れてくれる陽一郎の優しさに、友渕は思わず抱きついてしまう。
「……っ！」
「はっ！ ごごごごめん、いきなり抱きついて……！」
「離れないでください。俺、直樹さんをこうして抱きしめたかったんです」
慌てて離れていこうとする友渕の身体を、陽一郎が両腕で抱き締める。
顔が埋まってしまいそうなほどの、陽一郎の豊満な胸筋。そして、包み込まれるような逞しい腕。お湯の温かさだけではない、陽一郎の温もりが感じられる。
友渕は、おずおずと陽一郎の背中に腕を回し、広い背中にそっと触れる。
トクントクンと二人の鼓動が早鐘を打ち、友渕の股間に熱が溜まっていく。もぞっと腰を動かすと、陽一郎の逞しい太ももに、熱を帯び始めた部分が当たってしまう。
「直樹さん、あの……当たってます」
「ひょわあああ！ ごっ、ごめん！！」
「いえ、俺も同じですから」
陽一郎にそう言われて、友渕はようやく腹のあたりに熱いものが当たっている感触に気づいた。
自分のことで精一杯になっていたが、陽一郎も同じように欲情しているのだ。
「陽一郎くん、あの、キス……してもいいですか？」
「はは、なんで急に敬語なんですか」
「な、なんか緊張しちゃって……！」
「俺もしたいって思ってたから、いいですよ」
首を上に向けた友渕に合わせ、陽一郎が身を寄せる。そして、お互いに緊張した面持ちで距離が縮まり、唇が重なった。
夢にまで見た、恋人としてのキスだ。
舌を絡めてみたいと思った瞬間、少しだけ力の入った陽一郎の手が、友渕の肩を押す。
なぜだと気持ちが焦りかける友渕に、頬を染めた陽一郎が、口元を隠して呟いた。
「っ……これ以上は、我慢できなくなる。風呂上がって、ベッド行きましょう？」
そのあまりの可愛らしさに、友渕は無言で首を縦に振り続けた。
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