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フェーズ1:高校時代
――不思議な、夢だったよなあ。
学校の中庭で、一人絵筆を走らせながら、花岡百合人 は昔見た夢のことを思い出していた。
実にリアルだった。熱烈なリップ音が、今でも耳にこびりついてるくらいだ。それでも、現実でないのは確かだった。あの後、男は煙のように姿を消してしまったのだ。心配して探しに来た両親に尋ねても、この周辺でそんなカップルは見かけなかったと言われた。きっと、慣れないハイキングに疲れて、居眠りでもしたのだろう。
――そうだよな。あんな綺麗な男の人、実在するわけがない……。
百合人は、ぽっと顔を赤らめた。あの夢で思い出すのは、いつも男の方だ。百合人は現在高校二年生、自分の恋愛対象が男だということには、とっくに気づいている。
――いや、でも。
百合人は、クラスメートの南原 の顔を思い浮かべた。彼なら、夢の男に匹敵するかもしれない。すでに大学生といっても通るほどの大人びた美貌を持つ彼は、百合人の憧れである。テレビで活躍中のアイドルタレントなどより、よっぽどイケていると思うくらいだ。実際、モデルにスカウトされたこともあるらしい。
――その上成績優秀、スポーツ万能、実家は大病院、だもんな。
まさに完全無欠、といったところか。告白する女子は後を絶たないが、皆撃沈とのことである。南原は、よほど理想が高いのだろう。もちろん、男の百合人がそこに加わる余地はない。目下は、授業中にその姿を盗み見るのが、密かな楽しみなのである……。
「手、止まってるぞ?」
「ぎゃっ」
不意にかけられた声に、百合人は思わず飛び上がりそうになった。見回りの美術教師に見つかっただろうか、そう思いながら振り返って、百合人はまた叫びそうになった。そこにいたのは、今まさに思い描いていた南原だったのである。
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