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 百合人の手術は、無事終わった。経過も順調で、あとは退院を待つのみだ。その日も百合人はベッドの上で、所在なく過ごしていた。もう一人の中年男も退院し、今や大部屋には百合人一人だ。午前中は救急車で運び込まれた患者がいたらしく、やや騒々しかったが、現在は再びしんと静まりかえっている。  ――南原に会いたいな……。  彼は、見舞いには来てくれなかった。普段それほど親しいわけではないのだから、当然だろう。たまたまあの日は、少し話せただけのことだ……。  とはいえ、微かに期待していただけに、何だか寂しい。百合人は、そんな思いを断ち切ろうと、窓のカーテンを開けた。  外には、一匹の猫がいた。じっとこちらを見つめている。野良だろうか、ずいぶん痩せ細っていた。しまったな、と百合人は思った。昼の食事を、取っておいてやるんだった……。 「食いもん持って来たらよかったな」  不意に、背後で聞き覚えのある声がした。百合人は、はっとして振り返った。  ――南原……!?  確かに南原だった。制服姿で、学校帰りにそのまま来たといった様子だ。紙袋を提げている。 「俺、いつもお前を驚かせてばかりだな」  南原は、くすりと笑うと、猫と百合人を見比べた。 「真剣に見つめちゃって。猫、好きなのか? ノックの音も気づかなかったみたいだし」 「好き、ていうか……。この猫を描いてみたいなって思ってて」  またしても南原のことを考えていただけに、罪悪感が半端ない。とっさの誤魔化しだが、南原は信じたようだった。 「花岡って、本当に絵が好きなんだな。美大には進まないのか?」 「うん……」  百合人は、ちょっとためらってから告げた。 「他に、やりたい仕事があるから。僕、ガーデンデザイナーを目指してるんだ」

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