7 / 73
”
百合人の手術は、無事終わった。経過も順調で、あとは退院を待つのみだ。その日も百合人はベッドの上で、所在なく過ごしていた。もう一人の中年男も退院し、今や大部屋には百合人一人だ。午前中は救急車で運び込まれた患者がいたらしく、やや騒々しかったが、現在は再びしんと静まりかえっている。
――南原に会いたいな……。
彼は、見舞いには来てくれなかった。普段それほど親しいわけではないのだから、当然だろう。たまたまあの日は、少し話せただけのことだ……。
とはいえ、微かに期待していただけに、何だか寂しい。百合人は、そんな思いを断ち切ろうと、窓のカーテンを開けた。
外には、一匹の猫がいた。じっとこちらを見つめている。野良だろうか、ずいぶん痩せ細っていた。しまったな、と百合人は思った。昼の食事を、取っておいてやるんだった……。
「食いもん持って来たらよかったな」
不意に、背後で聞き覚えのある声がした。百合人は、はっとして振り返った。
――南原……!?
確かに南原だった。制服姿で、学校帰りにそのまま来たといった様子だ。紙袋を提げている。
「俺、いつもお前を驚かせてばかりだな」
南原は、くすりと笑うと、猫と百合人を見比べた。
「真剣に見つめちゃって。猫、好きなのか? ノックの音も気づかなかったみたいだし」
「好き、ていうか……。この猫を描いてみたいなって思ってて」
またしても南原のことを考えていただけに、罪悪感が半端ない。とっさの誤魔化しだが、南原は信じたようだった。
「花岡って、本当に絵が好きなんだな。美大には進まないのか?」
「うん……」
百合人は、ちょっとためらってから告げた。
「他に、やりたい仕事があるから。僕、ガーデンデザイナーを目指してるんだ」
ともだちにシェアしよう!