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「花岡? どうした?」  南原は、おろおろしている。百合人自身も、何が起きたのか訳がわからない。痛みの余韻に震えていたその時、百合人は信じられないものを目にした。  病室の天井から、すうっと一人の男が舞い降りてきたのだ。百合人は、はっとした。それは幼少時代に見た、夢の中のあの男だった。 「だ、誰だ、お前!」  男は、答えない。ただ黙って、百合人を見つめているだけだ。  ――幽霊……?  それにしては、全身が光り輝いている。雰囲気も華やかだった。金色の髪はまぶしいほどで、顔立ちは彫りが深く端正だ。瞳はブルーともグリーンともつかない不思議な色で、強い光をたたえている。肌は抜けるように白く、均整の取れた筋肉質の体には、赤い薄布をまとっていた。 「花岡、どうしたんだよ? 誰もいないぞ?」  南原は、不思議そうにきょろきょろしている。どうやら、彼には見えていないらしかった。 「ひょっとしてお前、()えるタイプ?」  場所が病院だけに、南原はそう解釈したらしかった。百合人は、あわててかぶりを振った。この男が何者なのかはわからないが、せっかく両想いになった南原に、変な奴と思われたくなかったのだ。 「あ、ごめん。錯覚だったみたい」 「ならいいけど……。ええと、さっきはどうしたんだ?」  南原が、心配そうな顔をする。そういえば体の痛みは、いつの間にか消え失せていた。  ――一体、何だったんだ……。

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