16 / 73

「は……? カリスタ、さん……?」  聞き覚えのない名前に、百合人は面食らった。アポロンは仏頂面で、それ以上話してくれる気配はない。ひょっとして、と百合人は思った。あの時キスしていた相手のことだろうか。 「なるほど! わかりました。僕がのぞいたせいで、彼女に逃げられちゃったってことですね」  百合人は、走り去って行った女のことを思い出していた。 「それは、すみませんでした……。でも、追いかければよかったのでは? あなた、神様なんだし」 『カリスタは、恥ずかしがりやなのだ! キスを他人に見られたなんて、とひどくうろたえてていた。そしてあれ以来、会ってくれなくなってしまったのだ』  なぜ自分が罰を与えられたのかが、大体わかってきた。あの時アポロンが告げた台詞が、その魔法だったのだろう。 「はあ……。ちなみにカリスタさんも、神様ですか?」 『カリスタは、人間の娘だ。時々地上に降りては、ああやって可愛い娘たちと恋をするのが、私の楽しみだったというのに。よくも、その楽しみを奪ってくれたな』  現代のギリシャ娘が、キスシーンを人に見られたくらいでパニックになるだろうか。百合人は、内心疑問を抱いた。体よくふられただけのような気もするが、そんなことを言えば、もっと恐ろしい罰を与えられそうだ。どう返そうか迷っていると、アポロンはしゅんと下を向いた。 『追い回せば、嫌われるやもしれぬと思ってな。泣く泣く諦めたのだ』 「あー、月桂樹になっちゃった女性もいましたもんね」  アポロンに追い回され、最後は月桂樹に姿を変えたダプネといえば、ギリシャ神話の有名なエピソードだ。だがそれは地雷だったらしく、アポロンは血相を変えた。

ともだちにシェアしよう!