18 / 73

『ああそれから』  アポロンは、平然と続けた。 『私やこの魔法のことは、誰にも言うでないぞ。そんなことをすれば、この魔法は一生解けなくなる』 「……言われなくても、言いませんよ。頭がおかしいと思われるだけでしょうし」  百合人は、ぽつりと言った。じわり、と涙がにじむのがわかる。  ――せっかく、大好きな南原と両想いになれたのに。キスもできないなんて……。 『そんなに、あの男が恋しいか?』  ふと、アポロンの口調が和らいだ。 『お前は、男が好きなのだな。この日本という国、いろいろ見て回ったが、男同士の恋愛はあまり見かけないようだが』 「あることはありますけど。あんまりおおっぴらにできないっていうか」 『難儀なものだな』  アポロンが、不思議そうな顔をする。 「ギリシャ神話の世界とは違いますから。……まあアポロンさんには、関係ないことでしょうけど。女性専門ですもんね」  それほど神話に詳しくない百合人でも、アポロンが多くの女性と浮名を流したことくらいは知っている。だがアポロンは、ふっと顔をくもらせた。 『……そんなことも、ないがな。私が真剣に想っていたのは……』  その時、病室のドアが開いた。 「花岡くーん。変わりはないかな?」  陽気な声を上げながら入ってきたのは、若い女性看護師だった。すかさずアポロンが、目を留める。 『可愛らしい娘だ』  テキパキと働く看護師を、アポロンは楽しげに見つめている。人に魔法をかけておいていい気なものだ、と百合人は深いため息をついたのだった。

ともだちにシェアしよう!