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「……あのさ、福井」  百合人は、慎重に言葉を選んだ。 「どうしてそう思ったのかわからないけど、僕は美大に進むつもりはない。絵は、単なる趣味だ」 「え、マジ?」  福井が、目を見張る。 「いや、俺、お前が顧問と話してるの、聞いたことがあったから。てっきり、X美大を受けるつもりかと」  ようやく、腑に落ちた。確かにかつて、美術部の顧問教師に、その大学を勧められたことがある。そこは、顧問の母校なのだ。結局断ったのだが、その会話を聞いたなら、誤解しても当然かもしれなかった。 「うー、何かみっともないな、俺って。せっかくの接点も活かせなかったし、早とちりはするし……」  福井は、ひどく落ち込んでいる。そんなことないって、と百合人は言った。 「僕も進路のこと、はっきり話してなかったし。……それに、鈍感、だったみたいで……」  何だか気恥ずかしくなり、百合人は下を向いた。唐突に、福井が咳払いする。 「止めろって。お前のそういう顔、ヤバイから。あー、もう南原のもんだってのに、諦めたくなくなるだろうが」 「……そのこと、なんだけど」  百合人は、ためらいがちに口を開いた。福井が言いふらしたりはしないだろうが、その前提は訂正したかった。  ――だって、キスもまともにできないのに、付き合ってるとか言えないだろ……。 「僕たち、付き合ってないから」 「え?」  福井が、目を見張る。その時、トイレのドアが開いた。 「花岡、どういうことだ?」   入ってきたのは、険しい顔をした南原だった。

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