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南原が出て行った後、福井はしばらくぽかんとしていたが、やがて意を決したように百合人を見つめた。
「……あのさ。今ひとつ事情はわかんねえけど、お前と南原って、結局付き合ってないんだよな? だったら、その……」
「悪い。僕が好きなのは、南原だけだから」
百合人は、福井の目を見て言い切った。申し訳ないとは思う。でも、そういう意味で彼を好きにはなれなかった。期待を持たせてはいけない……。
そのまま百合人は、トイレを走り出た。もう南原の姿は見えない。百合人は荷物の中から、彼がくれたゼラニウムのプリザーブドフラワーを取り出した。そっと抱きしめる。ふと見れば、花びらが濡れていた。百合人自身がこぼした涙だった。
『条件その一は、クリアしたようだな』
聞き覚えのある声に、百合人ははっと上を見上げた。天井に、アポロンがふわふわと浮いている。廊下には、多くの医師や看護師らが行き交っているが、誰も彼には気づかないようだった。
『お前は、一たび目の失恋をした。確かに、見届けたぞ。魔法が解けるまで、あと六たびだ。せいぜい、恋をするがよい』
「くそったれ!」
百合人は、思わずわめいていた。すれ違った看護師が、ぎょっとした顔でこちらを見たが、どうでもよかった。人目もはばからず大粒の涙をこぼしながら、百合人は誓った。
――こんな辛い思いをするのなら、一生恋なんてするもんか。だからもう、魔法なんて解けなくていいんだ……。
百合人の胸中を知ってか知らずか、アポロンは不敵な笑みを浮かべると、煙のように消え失せたのだった。
<フェーズ1:高校時代・終わり>
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