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「いえ、お構いなく」
百合人はとっさに断ろうとしたが、僚介は譲らなかった。
「最寄りは××駅なんですよね? 僕もその辺りに用がありますから。ついでに乗って行かれたらいいじゃないですか」
僚介の口調は、穏やかながら有無を言わせぬものがあった。仕方なく、百合人は助手席に乗り込んだ。
「母から聞きましたよ。君を雇ったのは、派遣センター経由だとか」
車を発進させるなり、僚介は話し始めた。
「全く、母も思慮が足りないな。妹は思春期だというのに、若い男の教師を雇うなんて」
「あの、僕は何も……」
どうやら僚介は、妹のことを案じているようだ。百合人はあわてた。
「しかも、君の方から応募したって? まさか、下心があるんじゃないだろうね」
じろりとにらまれて、百合人は身がすくむのを感じた。
「違います! たまたま得意教科だったし、場所も近かったから……。それだけなんです」
まさか、自分が抱えている事情を話すわけにはいかない。かといって、苦労して見つけたバイト先を、兄の邪推のせいで失っては困る。百合人は、必死に弁解した。
「ま、きっかけはそうだったとしてもさ。年の近い、若い男女なんだ。狭い部屋で二人きりで勉強しているうちに、間違いが起きないとも限らないだろう? 僕としては、正直反対だなあ」
怪しい雲行きに、百合人は焦り始めた。
「僕も帰国したことだし、この際家庭教師はお断りしても……」
「大丈夫です!」
百合人は、思わず口走っていた。
「カナさんとどうかなることは、あり得ません。僕、ゲイなんです」
僚介が、こちらを見る。その顔には、意外にも笑みが浮かんでいた。
「やっぱりね。そうじゃないかって思ってたんだ」
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