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 やがて演奏が終わると、皆は割れるような拍手をアポロンに贈った。百合人も、仕方なく手を叩く。すると、アポロンが百合人に目配せをしてきた。百合人は察して、彼に付いて店の外に出た。  二人きりになると、百合人はキッと彼をにらみつけた。 「なぜここに?」 「お前の失恋の回数を、カウントせねばならぬからな。そこで偵察に来たところ、何やら美しい娘がいるではないか」  ――いや、偵察とか嘘だろ。  百合人は内心、ツッコミを入れた。百合人の状況把握が目的なら、どう考えても大学へ現れるべきだ。単に繁華街に遊びに来たとしか思えない。 「その娘は、ここで働いているとか。彼女の気を引こうと、たまたまあったピアノを弾いたところ、大成功でな。毎日来てくれと言われたのだ」  さっきの女店員だな、と百合人は思った。いいピアニストが見つかったから、集客目的で誘っただけのように思えるが。 「流行歌まで、よく知ってましたね」 「私を誰と心得る。芸術をつかさどる神だ。あれくらい、たやすいことよ」  そう言ってアポロンは、機嫌良く微笑んだ。 「それにしても、ここは居心地が良いのう。娘たちに囲まれて、このようなものまでもらえる。演奏が終わったら、皆私に押し付けていくのだ」  アポロンはポケットから、札束を取り出した。 「……あー、チップですか。よかったですね、満喫して」  いい気なものだ、と百合人は呆れた。

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