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 僚介は休憩時間になると、百合人を控え室に呼んでくれた。ここで、アプリの使い方を教えてくれるのだという。 「従業員でもないのに入っていいんですか、この部屋」 「今日は店長もいないし、気にしないで」  僚介は、あっさりと答えた。 「暁さんはどうしたんですか」  百合人は尋ねてみた。アポロンの姿は、いつの間にか見えなくなっていたのだ。 「もう上がったよ。うちとしては、もっとシフトに入ってほしいんだけどねえ。がつがつ働く気がないみたいで。お坊ちゃんの道楽かなあ」  神様なのだから、そりゃ稼ぐ必要はないだろう、と百合人は内心思った。それにしてもこの現代日本で、どう身分を誤魔化しているだろうか。 「彼、どういう人なんです?」 「それが、はっきりしないんだよね」  僚介は、首をかしげた。 「いきなりふらっと来て、ピアノを弾き出して。でも天才的だったから、店長が即決。謎の多い人だよ」  僚介はそこで、百合人をチラリと見た。 「何、暁さんみたいな人がタイプなの?」 「まさか!」  百合人は、つい語気を強めていた。 「あんなチャラチャラした人、全然好みじゃありませんから! 僕が好きなのは、知的で物静かで、大人っぽくて……」  言いながら百合人は、南原の顔を思い浮かべていた。彼がくれたゼラニウムは、今でも百合人の宝物だ……。  その時、百合人はドキリとした。僚介が、百合人の手を握ったのだ。 「それって、前に好きだった人のこと?」  僚介は、静かに尋ねた。

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