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 ユウイチは百合人を、近くのシティホテルへ連れて行った。その選択に、まずは安堵する。いかがわしそうな場所だったら、警戒していただろう。僚介も、シティホテルはお勧めと言っていた。  ――いや、待てよ。僕、僚介さんのことばっかり考えてないか?  百合人は、はっとした。自分が今から抱かれるのは、ユウイチなのだ。彼のことに集中しなければ。  しっかりしろ、と百合人は自分に言い聞かせた。いい加減、僚介のことは忘れるのだ。彼には、ホテルへ行くことになったと報告済みである。これ以上頼る必要はないはずだ……。 「行こうか」  チェックインを済ませたユウイチが、百合人を促す。エレベーターに乗り込むと、彼は百合人に微笑みかけた。 「心配しなくていいからね。全部、俺に任せて。ローションもゴムも、持ってるし」  ローション、ゴム、という生々しいワードに、百合人はドキリとした。知識としては知っていが、突然現実味を帯びた気がしたのだ。  エレベーターが、客室階に到着する。ユウイチはさっさと先に降りたが、百合人は足がすくんむのを感じた。ユウイチが、不審そうに振り返る。 「ヒナタ君、どうしたの?」 「やっぱり、嫌です!」  百合人は、思わず叫んでいた。ユウイチが、顔色を変える。 「おい、ここまで来ておいて……」  ユウイチは、つかつかと近づくと、乱暴に百合人の腕を捕んだ。すさまじい力に、百合人は悲鳴を上げた。 「止めてください!」  ちょうどそこへ、他の宿泊客が通りかかった。人目を気にしたのか、ユウイチの力が緩む。その隙に彼を振りほどくと、百合人は『閉』ボタンを押した。続いて一階を押し、必死に祈る。  ――逃げ切れますように……。  申し訳ないとは思う。誘いに応じておきながら、土壇場で逃げ出すなんて。でも、ユウイチに身を任せるのは、やはり無理だった。  ――僕が、抱かれたいのは……。  エレベーターが、一階に到着する。百合人は、大急ぎで走り出た。そのまま一目散に、ホテルの外へと飛び出す。そのとたん、百合人は目を見張った。ホテルの前に、僚介がいたのだ。

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