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”
送って行く、と僚介は言い張ったが、百合人は断った。かといって、帰る気もしない。ホテルのロビーで一人座り込んでいると、すうっと男が舞い降りてくる気配がした。アポロンだ、と見上げずともわかった。
『私の目を誤魔化そうなど、百年早い。やはりお前は、あの僚介という男に惚れていたのではないか』
「……」
百合人は、黙り込んだ。もう言い返す気も起こらない。するとアポロンは、ふと声を和らげた。
『あのピアノバーとやらで演奏しながら、私はずっと観察していた。あの男のことをな。連れ添う相手がいるというのに、中途半端な情けをお前にかけるなど、残酷な奴よと。だから早く、お前に恋心を自覚させようとしたのだ。傷は浅い方が、治りも早い……』
「僚介さんを、残酷とか言うな!」
反射的に言い返した百合人だったが、ふと気づいた。アポロンがピアノバーで働き始めたのは、女店員を口説くためではなかったのか。
――僚介さんのことを、偵察するため……?
確かに、ここまで僚介に深入りしなければ、苦しみも少なかったことだろう。もしかしてアポロンは、百合人のことを思いやってくれたのだろうか……。
「アポロンさん、まだバーで演奏するんですか?」
百合人は、尋ねてみた。するとアポロンは、間髪入れずに否定した。
『いや、あの娘とは十分逢瀬を重ねたでな。短くも楽しい恋であった』
「このっ……。人が、苦しんでるっていうのに……!」
百合人は思わず立ち上がると、アポロンにつかみかかろうとした。
「大体、カウントおかしいでしょ! あなたはカリスタさんにふられただけなのに、僕は何で七回もふられないといけないんですか!」
アポロンは、そんな百合人をするりとかわして、再び舞い上がった。そのまま、すうっと消えていく。最後に聞こえたのは、彼のこんな言葉だった。
『二たび目の失恋、しかと見届けたぞ』
<フェーズ2:大学時代(前編)・終わり>
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