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「ここで会ったが百年目だ。この前の分も合わせて、たっぷり可愛がってやるからな……」  ユウイチが手を伸ばし、百合人の腕をつかもうとする。百合人は、反射的に振り払った。踵を返し、一目散に今来た道を逆走する。 「おい、待て!」  ユウイチを無視して、百合人は全力疾走した。目指すは、大学だ。路上で男二人が言い争っていたところで、通行人は見て見ぬふりをするだろう。大学へ逃げ込んだ方が安全だ、というとっさの判断だった。 「ヒナタ!」  逃すものかとばかりに、ユウイチが追ってくる。百合人は彼をかわして、どうにか大学へ飛び込んだ。一番近い文学部の棟に駆け込み、おそるおそる振り返ると、ユウイチは守衛に呼び止められていた。  ――よかった……。  とはいえ、まだ油断はできない。百合人は、きょろきょろと辺りを見回した。いくつかの教室では、講義が行われている。その中で、一番多人数の学生が受講している大教室を選んで、百合人はそっと入室した。中央付近の席に、さりげなく腰を下ろす。周囲の学生は、だるそうにスマホをいじったり、居眠りしたりしていて、他学部の百合人が交じっても気づかない様子だった。  ――木は森の中に隠せ、だ……。  万が一ユウイチが、守衛を言いくるめて学内に入ってきたとしても、この大人数の中では見つけられないだろう。百合人はじっと下を向いて、時が過ぎるのを待った。  その時、それまで黙々と板書していた講師がこちらを向き直り、話し始めた。 『アポロンといえば、ギリシャ神話を代表する色男のイメージですが、このように悲恋に終わったケースも多く……』  アポロンの名が出たことに、百合人はドキリとした。隣の学生が持っているテキストを見れば、ギリシャ神話に関する本だった。  ――この講義、ギリシャ神話がテーマなんだ……。  あまりの偶然に、百合人は驚いた。

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