45 / 73

 百合人は思わず、ユウイチのことも忘れて、講義に聴き入った。講師は、三十代後半と思しきほっそりとした男だった。声は涼やかで、聴き取りやすい。他学部の教員なので、名前も何も知らないが。 「続いては、トロイア王の娘カサンドラに求愛しますが、これもまた悲劇に終わるのですね……」  講師は、アポロンは予言能力を与えてカサンドラに言い寄ったものの、ふられたのだと語った。怒った彼は、彼女に呪いをかけたのだという。  ――意外だな……。  百合人は、アポロンの姿を思い浮かべた。あれほどの美形で、才能にあふれて、おまけに神様で。そんな彼を拒む女性がいるなんて、信じられなかった。  ――いや、でもカリスタって女性にもふられたわけだし。  イケメンの割には、失恋率が高い気がする。すぐにそうやって呪ったり魔法をかけたりする子供じみた性格が原因では、と思えなくもない。 「今日はここまでにしましょう。アポロンについて詳しく知りたければ、冒頭でご紹介した本がお勧めですよ。では、また来週」  カサンドラの話を終えると、講師はそう告げた。学生らは、ようやく終わったとばかりに、バタバタと席を立ち始める。だが百合人は、教室を出るのをためらった。アポロンの本とやらが気になったのだ。もしかしたら、アポロンの魔法を解く手がかりが載っているかもしれない。

ともだちにシェアしよう!