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”
――どんな本だろう……。
途中から講義に参加したので、タイトルがわからない。とはいえ、人見知りの気がある百合人は、初対面の周囲の学生らに聞く勇気がなかった。
――仕方ない。
百合人は、真っ直ぐ講師の元へ向かった。この大人数だ、一人一人の学生の顔など、覚えていないに違いない。他学部だとは、バレないだろう。
「先生」
名前も知らないので、取りあえずそう呼びかける。
「先ほど仰っていた、アポロンに関する本のタイトルを教えていただきたいんですが。すみませんが、今日は遅刻してしまって」
すると講師は、百合人の顔をじっと見つめた。近くで見ると、彼は驚くほど整った顔立ちをしていた。瞳は切れ長で理知的な光をたたえ、鼻や唇もすっきりと形良い。
「君……」
しばしの沈黙の後、講師はおもむろに口を開いた。
「この講義、履修登録していないよね? というか、文学部じゃないでしょう」
「えっ……、そ、それは……」
百合人は動揺した。文学部なんてマンモスなのに、よく学生の顔を把握していたものだ、と内心驚く。
「すみません。たまたま通りかかったら、ギリシャ神話に関するお話が聞こえたもので。つい聴きに入ってしまいました」
さすがに、ユウイチの話はできなかったものの、百合人は潔く認めることにした。
「やっぱり、履修登録していないと、受けちゃダメですよね? 失礼しました」
百合人はそそくさと退散しようとしたが、講師は意外にも呼び止めてきた。
「待ちなさい。ダメとは言っていないよ?」
驚いて振り返れば、講師は微笑んでいた。
「学ぶ意欲があるのは、いいことだ。大学は、知識を身に付ける場なんだからね。ま、単位さえ取れればいいという考えの人間も多いようだけど」
授業が終わったのにも気づかず寝こけている他の学生をチラと見て、講師は肩をすくめた。
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