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”
――橘先生……? どうして、ここに……。
橘は、激しく窓を叩き続けている。ユウイチは、チッと舌打ちしたものの、開き直ったのだろう。服を整えると、窓を開けた。
「見つかっちゃいましたね。大学の方ですか? すみません」
ユウイチは、愛想良く橘に微笑んだ。
「この子は僕の彼氏で、大学まで迎えに来たんです。ホテルまで待てないってだだをこねるものだから、僕もつい……」
「違……」
さらりと飛び出したユウイチの嘘に、百合人は真っ青になった。
「お見苦しいところをお見せして、失礼しました。すぐに退出しますから……」
「違うんです! 無理やり、襲われて……」
あわてて否定しようとした百合人だったが、ユウイチはきっぱりとさえぎった。
「照れてるだけですよ」
ははは、とユウイチが明るく笑う。
「僕ら、ゲイ向けのマッチングアプリで出会ったものだから、隠したいんでしょう。あ、何ならアプリでのやり取り、ご覧になります?」
ユウイチが、スマホを取り出す。百合人は、今度こそ血の気が引くのを感じた。あのアプリはすでに退会したが、スクリーンショットか何かでメッセ―ジを保存していたのかもしれない。
――まずい。あれには、僕の顔写真も載って……。
その時唐突に、カメラのシャッター音が響いた。百合人は、唖然とした。橘が、ユウイチの顔をスマホで撮影したのだ。
「何を……!?」
ユウイチが、血相を変える。橘は、じろりとユウイチを見すえた。
「でたらめを言うな。あなたが襲ったんでしょう」
「ちょっ……、何を根拠に……。それに、いきなり撮影するとは何だ!」
「この子の顔を見ればわかりますよ。おびえきっているじゃないですか。あなた、見たところ、社会人のようですね。先ほど、車のナンバーも控えました。この写真と併せれば、身元はすぐわかるでしょう。会社に報告しましょうか?」
ユウイチが、唇を噛む。橘は、目をつり上げた。
「ドアを開けなさい!」
渋々といった様子で、ユウイチがロックを解除する。百合人はどうにか自力でドアを開けると、車外へ飛び出した。橘は、しっかりと抱きとめてくれた。
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